育児という仕事

一ヶ月ほど育児をしてみて思ったのは、育児は大変だが、誰にでもできるということだ。そんなの当然のことじゃない?と思うかもしれないが、「育児って誰にでもできる仕事だよね?」と言うと、たいていの場合(おそらく多くの場合母親から)「そんなことない!」とすごい剣幕で反論されるだろう。実際「育児 誰にでもできる」で検索すると、「そんなことありません!!」の嵐だ。しかしその続きをよくよく読んでみると、「人には向き不向きがある」とか「教養をつけさせたり躾をしたり大変なんです!!」といった回答がずらりと並ぶのだが、向いてないからといって、まるっきりできないわけではないだろう。それに、「誰にでもできる」イコール「大変じゃない」とは言っていない。もちろん大変だし、向き不向きがある(、というのは例えば専業主婦になってずっと育児をするか、保育園に預けて働くかどっちか選べるとしたら、働く方を選ぶかなーという人はどっちかといえば育児よりは仕事のほうが向いている、とかそんなかんじだろう)のは確かだろうけど、別に国家資格が要るとか特殊能力がないとできないことではない。そりゃそうだ。だって、そんなに育児が難しかったら人類はここまで繁栄していないだろう。誰にでもー男でも女でも、あるいは若者でも老人、は厳しいか、おじさんでもおばさんでもーできることだから、人類はここまで繁栄してきたのだ。それがただ、結婚するしない、子供産む産まない、という選択をできるようになったから、じゃあ育児大変そうだし仕事のほうが楽しいから子供は産みません、という人が出てきた、というだけの話だろうと思う。そして、教養とか躾の話は程度問題だ。例えば「子供を東大に合格させる」のは難しい。たぶん私は何回チャンスをもらったってできない気がする。それに、別に東大とまではいかなくても、ごく人並みに、一生自分で生きていける程度に学歴をつけさせたり、結婚できる程度にきちんとした性格で、身なりに気を使う人間に育てあげるのだって、きっと難しいことだろう。でも、がんばればできる程度のことであって、逆立ちしたって無理!というほどレベルの高いことではない。そういう意味で、「誰にでもできる」ことなのだと思う。そりゃあもちろん自分ががんばってヒイヒイ言いながらやってることを、その苦労を知らない人から「誰にでもできる」呼ばわりされたら「そんなことない!」と反論したくなるのはよくわかるのだけど。

出産してすぐの頃

あたたかいある日、私は子供を産んだ。

出産は壮絶だったがそれはさておき、私が一番驚いたのは夫の変わり様だった。さほど子供好きそうでない、むしろ子供嫌いだと思っていた夫がものすごく子供を可愛がっていたのだ。

何度も子供の顔を見ては可愛いとかどのパーツが自分に似ているとか言い(一応言っておくと新生児なので顔に特徴はなく、もちろん誰にも似ていない)、オムツ替えや抱っこを率先して行い(私がまだ動けないからというのもあるが)、似たような写真を何枚も撮っては家族用の写真共有アプリにアップロードし、面会終了時間になると「帰りたくな〜い」と言いながら名残惜しそうに病室を去って行った。また、ある時ふと目に入った夫の携帯の待ち受けは子供の写真だった。私がそれまで、あるいは今もなお、最もバカにしていた(している)類の人種、つまり、子供しか話題がないようなつまらない人間、に夫はなってしまったのだった。なぜだ?私はまだ自分のおなかの中でどんどん子供が大きくなっていったり動いたり自分のおなかから出したりして自分の子供という実感があるが、もしかしたら夫の子じゃないかもしれないじゃないか。ホルモンが出ているわけでもないくせにどうした?一体いつそのスイッチが入った?

子供に無関心な夫に比べたら非常に喜ばしいことなのだが、なんだか面食らってしまった。私だけが子供を持つことを拒否し続けてきたのだろうか?

そして私自身はといえば、何だか得体の知れないプレッシャーや不安を感じていた。

一つ目は、「もうのっぴきならない所まで来てしまった、私はこの子が一人前になるまで責任を持って育児を全うできるだろうか?」ということ。自分自身ですら自分の人生に苦労しているのに、自分の人生に100%満足しているわけではないのに、この子に幸せな人生を歩ませることはできるのだろうか?という自信のなさ。

二つ目は、夫が子供優先になってしまうことで、それまでの彼にとってのナンバーワンの座を奪われる恐怖。夫が妻に対してそういった感情を抱くケースはよく聞くが、逆はあまり聞かない。「旦那 イクメン 寂しい」等と検索しても自分と同じケースにヒットしないことがなおさら不安を煽った。多分予想に反して夫の子煩悩っぷりを見てしまったことによる戸惑いからなのだろう。妊娠以前のように、男女の関係にはもう戻れず、「パパママ」の関係になってしまうのだろうか?そしてまた、自分自身がまだ「ママ」になりきれず、出産後もいまだに夫と男女の関係でいたいと思い続けていることにも不安を感じた。やっぱり自分には育児は向いていなかったのだろうか?たしかに子供は可愛い。小さくてフニャフニャしてて、泣いてもちっともうるさいと思わない。でも、よく見かけるような「かけがえのない愛おしい存在」とかいうほど大袈裟な感動はなかったのだった。出産直前まで陣痛にビビり「やっぱやめたい」とまで思った。産まれたての子供の顔を見ても、「土偶に似てるなあ…」とどこか冷めたような感覚だった。可愛いとは思うが、どこか入り込めない自分と、どっぷり入り込んでいる夫とのギャップに悩んでいた。

産休中に読んだ本

 

産休中、あまりに暇なのと、来たる育児に対して気合を入れるべく読んだ本。 

 

俺だって子供だ! (文春文庫)

俺だって子供だ! (文春文庫)

 

 クドカンの育児エッセイなのだが、冒頭「僕は子供が苦手です。」から始まるというところが非常に良かった。それなのに子供が生まれると急にクドカンが親バカになるのが疑問でありつつも、「子供嫌いと言っていたクドカンですらこうなるんだから自分だって大丈夫大丈夫!」と自信がついた。ちなみに肝心の育児エピソードはもちろんクドカンの文章だから面白いは面白いのだが、よその子供の事情に興味はなく、フーンといった感じだった。むしろ大変そうだなあ…というエピソードばかりだった。ちなみにクドカンの奥さんもあまり子供好きそうな感じではなかったのにも関わらずしっかり親バカになったようだったので、そこも非常に勇気づけられた。

  

産んじゃえば?

産んじゃえば?

 

 

上記のクドカンも所属している「大人計画」の社長である長坂まき子の育児エッセイ。これまた肝心の育児エピソード自体には興味が湧かなかったが、巻末に収められている、伊勢志摩と田村たがめ(どちらも大人計画の女優)との対談が非常に良かった。どのへんが良かったかというと、伊勢志摩も、子供好きというわけではないが、自分の人生というものを考えた結果、子供を持つことにしたという所、また、実際生まれるまでも「もし自分の子供を可愛いと感じられなかったらどうしよう」と不安だったという所にとても共感できた。また、実際生まれてみると、天使のように可愛いと思えたというエピソードに勇気づけられた。あと、この3人がクドカンのことを「宮藤くんは絶対親バカになると思ってた!」と言っていたのも面白かった。

 

きみは赤ちゃん (文春文庫)

きみは赤ちゃん (文春文庫)

 

 

川上未映子の妊娠〜育児エッセイ。さすが賞獲る人だけあって文章が上手い。だが上手すぎて産後クライシスの章がものすごくリアルで読んでいるだけで辛くなり、途中で読むのをやめてしまった。自分がどんな風に辛く、またそのように辛く感じる理由が冷静かつ客観的に描かれており、子供を育てる自信が一気になくなった。まだ経験してもいない産後クライシスを恐れ、何も悪いことをしていない夫にイラつき、夫に対して「お前はどうせこんな風になるんだろう」と電子書籍のキャプチャ画面を送りつけるというホラーな暴挙に出た。おそらくラストは希望いっぱいのすごく幸せな終わり方なのだろうが、出産を控えて若干ナーバスになってる自分には読了は不可能だった。

女の人生一等賞

女の人生で、一番の勝ち組とはどんな人生だろう?

人それぞれという正論はさておき、今の自分にとっての理想の女の人生を考えてみた。

イメージ的には、少し前にやっていたドラマの松嶋菜々子の役だ。(あんなブラック企業嫌だけど…)

大手広告代理店のクリエイティブ職(激務かな?それは嫌だ…でもバリキャリっぽいのがいい。出版社?化粧品メーカー?)で、30前後に結婚。結婚相手は何か大手…ゼネコンとか?勤務。あまり激務すぎず、転勤もない会社が良い。東京か横浜のタワマンだかなんだかとにかくマンションに住んでいる。(東京ならどこだろう…港区はリッチすぎ?今なら勝どきとか?それとも吉祥寺?迷うわ…妄想だけならタダなので。)しばらくして出産。何歳差とか復帰スケジュールは不明だが子供は2人。男女の組み合わせは何でも良い。福利厚生バッチリの会社で復帰。保育園の送り迎えとかしつつたまに近所に住む自分の親にサポートしてもらう。出産前のようにはいかないとかなんとか悩みながらも着々と出世。

こんな感じか?書き出してみて、すごい陳腐さだな!と思った。が、とりあえず出産後も仕事を続けるのが自分の中でカッコイイ人生なのかな、と。お仕事マンガの影響を受けまくった世代だからか。優雅な専業主婦よりもバリキャリに憧れるようだ。とはいえ激務は嫌なので、バリバリ働いてる自分が好き、ぐらいの感じなんだろうなあ。(妄想のはずが現実のことのようになってしまっている。やばい)

 

産休初日

桜が満開のある日、とうとう産休に入った。

年度末のバタバタした中、たくさんの残課題を後輩に引き継いで。最終日まで残務処理に追われる中で関係各所に挨拶のメールを書き、家に帰ってからも「あれ、ああした方が良いかもって教えとけば良かった…」等と後ろ髪を引かれる思いをしながら。

産休初日、これといって何も予定がないので桜を見に近所の大きな公園に行くことにした。

ベンチに座ってイヤホンでオザケンを聞きながらぼんやりと桜を眺めていると、「ああ、本当に休みに入ったんだなあ」という実感が湧いてきた。あと2年弱、こんなのんびりした日々が続くのだ。

そういえば別れの季節、旅立ちの季節だった。もしかしたら昨日軽い気持ちで挨拶した人たちの中には、もう一生会うことのない人もいたのかもしれない。

入社してから10年と少し、こんなに休むのは初めてだ。思えばいつも、何かしらに追われて毎日を過ごしていたような気がする。毎日朝早くに起き、化粧をして電車に乗り、電車の中で1日の予定や昨日やり残したことをざっと考え、会社ではチームメンバーや関係部署の人たちと連絡を取りながらタスクをこなしていく。休日には遊びや外食の予定を詰め込む。

復帰の予定があるとはいえ、急に風船の糸を切られたような気分だった。開放感と不安。きっと、間違いなく、私は育児に辛くなり、これなら一日中仕事してたほうがマシだった、と文句を言う日が来るだろう。毎日がつまらない、辛い、退屈だ、仕事したい、誰かとちゃんとした会話がしたいと。そんなことはいくつものネットの記事を読んでわかりきっていた。それでも、私は子供を産み育てる道を選んだのだ。絶対に、今子供を産まないと後悔する。現に、子供のいない毎日に嫌気がさしていたのだ。何回も何回も考えた結果出した結論だ。後悔はないよね、と何度も頭の中で反芻した。

まだ肌寒いながらも日差しがポカポカと暖かい日だった。時折ベビーカーを押したお母さんや犬を散歩した女性、大きなカメラを持った老人がやって来た。

よく晴れた青空、満開の桜、行き交う人々、イヤホンから流れるオザケン、時折お腹の中でピクッピクッとしゃっくりしたりグルングルン回る赤ちゃん。なんかもう神様が用意した完璧なシチュエーションなんじゃないかという気がした。これらのものに囲まれてぼーっとしていると、自分が完璧な人生を選んだような不思議な感覚になった。一生の中で今が一番幸せ、人生とはなんて素晴らしいのだろうという気分になってきた。わけもなく泣きそうになって、「いよいよマタニティハイがやばいことになってきたなあ」と、なんとか平静を保とうとしながら思った。

 

 

 

子供が欲しくなかった時に考えていたこと

独身の頃、既婚者に「早く結婚した方がいいよ」「なんで結婚しないの?」と言われるのが大嫌いだった。

結婚してからはそれが子供に変わった。「早く子供産んだ方がいいよ」「なんで子供持たないの?」

これも言われるのが大嫌いだった。子供がいる人生を幸せと思うのはその人の自由だが、価値観押し付けんなよと思った。私は私で子供のいない今の自由な人生が幸せだから、子供を持つことで人生を変えたくないと思っていた。子供がいるのがそんなにえれえのかよ?と思っていた。

また、「子供持つと成長するよ」というのも彼らの常套句だった。つまり何かい、子供がいないと成長できないわけ?とカチンときた。普通に会社に勤めて仕事して、日々成長してるんじゃないの?それに、別に成長したくもなかった。成長したいから子供を持つなんて、そんな動機で子供を持つことを決心する人なんているわけがない。それを言って一体どうなるんだ?と思った。「そうなんだー、子供持つと自分が成長できるんだー。じゃあ子供産んじゃおっかな☆」とでもなると思ったか?

きっと、こういうことを言う子持ちの人は「子供を持って幸せ」と自己暗示をかけてるんだと思っていた。本当は子供を持ったことを後悔しているけど、私の自由な人生が羨ましくてしょうがないんだけど、それを自覚するのがこわいから。結婚と違って子供は「やっぱむり。やーめた。」でやめられるものではない。だから他人にも口出しをするのだと。

仲の良い女友達らが子供を持ちだした時、彼女達にもそれをいわれるようになるのがこわかった。でも彼女達は違った。自分達の子供を可愛がりつつも、決して子供を持つことを押し付けたり、「子持ちの自分の方が人生勝ち組」みたいなマウンティングをしなかった。

思い返せば、上記のようなことを言うのは男性ばかりだった。私の数少ない知り合いの話なので男性は〜、女性は〜、という一般論に持って行きたいわけではない。たまたま自分の周りではという話だ。もしかしたら彼らは、生意気で、チャラチャラした人生を送っている女にギャフンと言わせたかったのかもしれない。

仲の良い友達が出産前と後で何も変わらなかったことに、私は安堵した。話題も、子供の話ばかりするでもなく、出産前と同じような話で盛り上がった。彼女達も本当は子供の話をしたいのかもしれない。でも子供のいない自分達に合わせてくれていたのだと思う。

「出産押し付け派」の人達は、自分の人生が不満なのではないか、だから「自分の人生の選択は間違っていなかった」と思い込みたくて、人にも自分と同じ人生を歩むよう押し付けるのではないか。自分と違う人生を歩んでいて楽しそうにしている人達をディスりたいのではないか。だって、自分の人生に満足していれば、人の人生なんて気にならないでしょう?そんな風に思っていた。というか、今でもそう思っている。

 

仕事と出産適齢期

前回の続きのような話だが。

よく妊活している女性が言うのが「30代で妊娠しづらくなるとか、妊娠がこんなにも難しいとか知らなかった。学校で教えといてくれよ」ということだ。本当にその通りだと思う。(たしか小学校か中学校で将来設計年表?を書く授業があったような気がするが、その判断材料として提示してくれても良かったのでは?)

だがそれ以上に教えておいて欲しかったのが、就職した時は仕事に希望を持ってて、何をやっても新鮮で楽しくて、成果を出して評価されることにやり甲斐を感じても、ずーっとその楽しさが続くとは限らないということだ。

自分だって、まさか「仕事楽しいなあ」と思っていた1年後に「もう辞めたい、今すぐ辞めたい、もう嫌だ」と思うようになるとは思ってもみなかった。もちろんそれは年齢の問題だけではないし、ずっと右肩上がりで仕事の楽しさが持続する人だって多いだろう。

でも30代というのは、そうなりやすい時期なのだと思う。勤続10年を超えて、下の年代が追い上げてきて、自分のポジションはだんだんと後輩の指導をする立場になり、かといって大きいプロジェクトを仕切るほどの立場でもなく、なんかちょっと中途半端な中だるみの時期なのだと思う。あと周りの友達が結婚して仕事を辞めたり出産して産休・育休に入りだして、自分もそっちの道に行こうかな?と人生の岐路に立つ時期なのだろう。

こんな風に思うのが自分だけじゃないんだなあと思ったのは、東村アキコの「東京タラレバ娘」を読んだ時だ。東京タラレバ娘は本編の漫画も胸に刺さるものがあるのだが、おまけの巻末漫画がすごい。特に私が共感したのは6巻の巻末漫画だ。ある読者の女性が、若い時に結婚寸前の彼氏がいたのだが彼氏の転勤について行くのが嫌で別れたのに、今となっては仕事に飽きてしまって転勤でどこだって全然ついて行く、仕事辞めたい、若い頃はバリバリ仕事してて辞めたくなんてなかったのに、という話だ。

自分以外にも同じような人がいた!と思った。

こんなこと、聞いたことがなかった。これこそもっと前に教えておいて欲しかった。

女性のお仕事漫画は2000年代頃から増えてきたように思う。それまでは仕事や会社が出てくる漫画といったら腰掛けOLみたいな女性しか出てこなかったが、安野モヨコの「働きマン」やおかざき真里の「サプリ」のような、女性が男性と肩を並べて、時には男性社会の中で葛藤しつつもバリバリ仕事をする漫画が増えてきた。(ちなみにサプリは著者がたしか元博報堂社員で、その時の体験を元に描いたんだと思うが、今この内容はまずいんだろうなあ…という激務っぷりだ。激務でも超高給取りだし男性ならモテモテだし社員が納得して働いてんなら良いんじゃ…というのが私の意見だがまあそれは良い。)

だがそれらの主人公達は若く(だいたい27、8歳?)、やれば成果が出て、仕事がキツイけど楽しくて仕方がない時期なのだ。もちろん「仕事はほどほど」派や、仕事のやる気のない登場人物も出てくるが、大抵彼らは若い時からそういう性格の人として描かれている。「どういうわけか30過ぎて仕事がつまらなくなった」という人物はいなかったように思う。その点で東京タラレバ娘はすごいと思うのだ。33歳という年齢がリアルだ。

30を過ぎたあたりで仕事がつまらなくなる、辞めたくなる、という人が多いということをもっと早くにわかっていれば、対策の取り様があったのにと思う。

もちろん、だからいつでも逃げ道を確保できるように結婚しておきましょう、という意味ではない。そんなようなスランプに似た状態に陥るケースが多いこと、そんな時にスランプをどうやって乗り越えた人がいるのかをもっと早くに知りたかったということだ。

そもそも、何歳で結婚して、何歳で仕事で大体このぐらいのポジションになって、何歳で出産して、というロールモデルが曖昧な気がする。私の会社では、というか多分大体どこもそうだと思うが、30前後で主任に昇格する。私は絶対出産するなら昇格してから、と子供を持ちたいと思う前から考えていた。育休がブランクとなり、育休が明けて復帰してもしばらくは時短勤務になるため、昇格しづらいからだ。現に、私の知り合いにも昇格前に出産し、40代の今もそのまま昇格していない人がいる。(彼女の希望で昇格しないのかもしれないが。)だから、妊活を始めてなかなか妊娠に至らないときも「もっと早く妊活始めれば良かった」とは一度も思わなかった。きっともっと早くに妊活を始めれば妊娠できる確率も高かったのだろうが、それで妊娠できても育休復帰後になかなか昇格できなければきっと出産を早まったと後悔すると思ったのだ。

会社では5年後10年後ののキャリアプランを書かせられるが、そこに結婚適齢期や出産適齢期を踏まえての人生設計は考慮されていない。それは私が今まで男性の上司の下にしかついたことがなく、女性の上司ならそういったことも踏まえてアドバイスをくれたのかもしれない。男性の場合は結婚も出産もキャリアに影響しないからだ。だとしても、それは個人の裁量に任されるべきではなく、会社の方針として、人生全体を考慮したキャリアプランを作成させるようにしなければならないと思うのだ。プライベートなことだからそこまで踏み込むのは問題になるのだろうか?