抱っこ自転車のこと

抱っこ紐で子供を抱っこしながら自転車に乗っての死亡事故が多いらしい。

こういった事故をワイドショーなんかで扱うと、大抵「危ないですよね!」「やめるべき!」の意見のみで、じゃあなんで抱っこ紐で自転車に乗ろうと思うのか、おんぶする人が少ないのか、じゃあどうすればいいのかといった解決案が提示されることはまずない。

思うに、抱っこ自転車が多い原因は、抱っこ紐でのおんぶが難しすぎることだと思う。私が出産した時は、エルゴとビョルンが二大巨頭で(多分今もそうなのではないかと思うが)、私もエルゴを持っているが、エルゴでのおんぶってすごく難しいし危なっかしくてこわい。(1)子供を抱っこした状態で後ろにぐるっと回す方法や、(2)抱っこ紐に子供を仰向けに置いて、それをリュックを背負うような感じでおんぶする方法がよく動画で紹介されているが、1はこわいし2は動き出した子供だと床に置いた抱っこ紐から逃げ出す可能性がある。エルゴは抱っこすることをメインとして売られているので、抱っこはすごく楽だ。だから、抱っこに慣れた人がそのまま自転車に乗ってしまおうという気持ちはよくわかる。

あと、おんぶすると、冬にコートを着た時コートの下に子供を入れるのはコートがパツパツになって無理だし、コートの上からおんぶするのはコートが分厚くて無理だ。

では、おんぶに特化したおんぶ紐?はあるのかというと、楽天なんかで調べてみると山のようにある。でも、どれも全然知らないし、商品が多すぎてどれを買えばいいのかさっぱりわからない。こういう抱っこ紐とかおんぶ紐って結構高くて、失敗すると結構な痛手だ。

さて、どうしたらいいかというと、抱っこ紐自転車を結構厳しめな感じで禁止するのと同時に、おんぶ紐の宣伝を結構頑張るのが良いかなと思う。おしゃれな子持ちママさんのインスタグラマーとかブロガーとかいるわけだし、そういった方にモニターをやってもらえば広く知られるのではと思う。あとは、おんぶ紐の上から羽織れるゆったりしていてなおかつおしゃれで、おんぶしない時も普通に使えるようなコートをアーバンリサーチドアーズ、ビーミング、グリーンレーベルあたりのファミリー層向けのあまり高くないブランドが売ってくれれば買うかなーと。わりと高い割にダサいママコートって、どうも買う気にならないよねっていう。ライナーとしてくっつけることもできるインターダウンと薄手のコートのセットとか。あと、最近はわりとゆったりめのコートが流行っているので、ゆるいウールコートとか。

課題背景ってビジネスチャンスだよね、みたいな話になってしまったけど、実現するといいな。

育児の向き不向き

しばらく育児を経験してみて、つくづく自分は育児に向いてないなあと思う。具体的には、基本的に他人の世話をするのが好きではない、子供の泣き声やわがままに耐えるキャパを備えていない、などの点でだ。仕事の方が向いている気がする。

友達と話したり、知らない人のブログなどを読んでみたりしても、自分は育児に向いていないという人がほとんどのように見える。

私のようなタイプの人でなくても、人の世話も好きで我慢強い人はそれはそれで自分を追い込んで体を壊す人も多く、そういう人も自分は育児に向いていないと言っている。

ということは、そもそも育児に向いている人なんていないのではないだろうか。つまり、育児は一人でやるのはすごく難しいことで、今主流となっている、いわゆるワンオペ育児って結構ハードルが高いのではないかなと思う。

もっと、夫のフレキシブルな形での在宅勤務を可能にしたり、安価なベビーシッターやヘルパーサービスが普及したり、子供が小さいうちから保育園に入れるのがメジャーになればいいなと思う。

というか、私自身は一時保育や託児所、ベビーシッター、ヘルパーサービスを探すのに結構苦労した。情報がインターネットにしか転がっていないので、夜泣き対応による寝不足でぼんやりした頭で検索して出てきたところに片っ端から電話をかけまくった。結果的に私は民間の託児所と、市の保育園が実施しているリフレッシュ保育制度を結構利用した。あとは、子連れで行ける産後ヨガ教室にも通っていた。

出産後、助産師さんが家を訪問してくれて、児童館とか電話で育児相談できるサービスのチラシを置いていってくれたが、私はママ友とか相談相手とか、精神的な助けを欲していたわけではなかった。それは夫で十分だ。子供が寝ぐずりで1時間もギャンギャン泣き続けてる時、話し相手がいても何の役にも立たない、物理的に助けてくれよ、と思っていた。そうではなく、託児所とか子連れで行ける習い事とか、要は物理的に一人になれる時間とか、子供と向き合わなくて良い時間が私には必要だった。

妊娠中、戌の日に水天宮にお参りに行った時、帰り道に出産関係のカタログやグッズが配布されたが、産後もそういう感じで民間の託児所や産後の母親向けの習い事のチラシが配布されたらいいのにと思う。今は、あまりにも情報が少なすぎる。

手を抜くということ

私は昔から、何でもかんでも手抜きをしがちだ。親からも、「あんたはいつも楽な方の道を選ぶ」と言われてきた。何をやるにも手抜きばっかりで、適当で、雑で、その癖がずっと直らない。仕事も、丁寧にやろうと心がけても、いつのまにか手抜きというか、「ま、こんなもんでいっか」レベルのものを最初は目指す感じというか。というかむしろ、仕事の場合、最初から完璧を目指すよりは、最初はざっくり、後々仕上げていく、というスタイルの方が上手くいく気がする。

育児にしても、区の検診で離乳食の説明を聞いただけで、ああこりゃ無理だ、と思い、最初から適当にやった。お粥のグラムも測ったこともないし、おやきなんて作ったこともない。何の自慢にもならないが、昔から手抜きだけは得意だったので、育児に関しても、第一子とは思えないほど適当だったと思う。

仕事でも育児でも、手を抜くには勘所というものが必要だと思う。ある程度場数を踏むと、ここを押さえておけばいいな、とか、ここは適当にやっても大丈夫だな、とかがわかってくる。私は、場数を踏んでるのに手抜きの仕方がわからない奴はバカだなあとずっと思ってきたのだけど、そうじゃないのかも、と思うようになった。手抜きに一番必要なことは、手を抜きたい!楽したい!という強い思いだ。こんなこと胸を張って言うようなことじゃないのだけど、楽したいと考えている人間は、いかに手を抜いて成果を出すかを無意識に考えていると思う。楽をするための努力を惜しまないと言っても過言ではない。

たまに手抜きの仕方がわからないと言う人がいて、自分としては信じられないのだけど、そういう人は、そもそも手抜きしたい、楽したいという気持ちがないのだろうなー、頑張ることが苦にならないのだろうなー、と思う。

たまにネットの記事で、育児は手抜きも大事、なんて書かれていると、手抜きばっかりの自分の性格が良い方に転ぶこともあるもんだなあ、と思う。

で、結局

子供を産んで良かったか?子供を産まない方が良かったか?を定期的に考えているのだが、まあ良かったような良くなかったような…という微妙な塩梅だ。

でも、もし今の記憶を持たないで過去に戻ったら、きっと人生に退屈して、子供でも作るかなあと思っただろうし、今の記憶を持って過去に戻ったら、子供に会いたくて子供を作っただろうと思う。だから、今の子供がいる人生を選んでしまった今となっては、子供がいない人生なんて考えられない状態になってしまったんだろうなと思う。産んで良かった、という結論で合ってるのだろうか。

日々の子供の世話はオムツ替えや離乳食作り、寝かしつけ、いらんことをしようとしていないか見張りなど面倒なことばかりで、風邪をひいてもゆっくり寝るのも難しいし、ストレスの溜まることばかりだけど、だからといって一生会えないのは考えられないというか。

育児をやってみてわかったのは、自分は育児に向いていないということ、自分は機嫌の良い赤ちゃんのお世話を1日に2、3時間気が向いた時にやりたかったんだなあ、ということだ。子供というよりは孫が欲しかったみたいな感じだろうか。

「あたし、おかあさんだから」とお金を稼ぐこと

少し前に、私と類友と思われる夫や友人に「ねえねえ、最近こういうのあるの知ってる?」と教えてもらったのだが、「あたし、おかあさんだから」という歌がSNS上で炎上した。

私も「あれは炎上するよなあ」と思ったが、どこがあんなにも神経を逆なでするのだろう?と考えてみた。多分あれの男バージョンを作ったら、

 

俺だって下げたくもない頭下げて頑張ってんだよ

真夏でもネクタイ締めてジャケット着て外回りしてんだよ

毎日残業で子供の寝顔しか見れねえよ

 

みたいな感じになると思う。ネイル我慢するのと暑い中着たくないスーツ着るのって大体同等でしょ?で、こういう歌は世の中山ほどあるし別に炎上しない。現にあの歌も、色んなお母さんがたにインタビューして、世の中のお母さんに対する応援歌として作ったみたいだし。それが、ネイルとかヒールを我慢するお母さんを主人公にしたら炎上する。なんでだろう?自分でも何にイラついているのかよくわからない。それは多分、「辛いけど仕事を頑張る俺」はカッコいい、という風潮?があるからではないだろうか。では、何がそんなにカッコいいのかというと、やっぱり仕事してお金を稼いでいるという自尊心みたいなところに繋がるのではないかなあと思う。そりゃあもちろん家事やって子供を育てるということは人に威張れる立派な仕事とは思うんだけど、世間の風潮的に、「主婦は楽できていいね〜」みたいなのがあって。というか私もそう思っていて。多分多感な時期に働きマンとかのお仕事マンガを読んだ影響とかもあるのか、女もバリバリ仕事するのがカッコイイ人生!っていう価値観をずっと持っていることで、仕事してないイコール楽してる、カッコよくない、みたいに無意識に思っちゃってるのかなあと思う。

自分も、育休手当をもらっているとはいえ、やっぱり夫の稼ぎで生活しているという後ろめたさというかがあって、これが純粋な専業主婦だったらもっと「悪かったな、どうせ私は稼いでねえよ!」とやさぐれるかなあ、とは何となく思う。

こういう炎上の火種って世の中たくさんあると思っていて、例えばジョージアのCMに「世界は誰かの仕事でできている」というコピーがあるが、あれも穿った見方をすれば「悪かったな、どうせ私は仕事してねえよ!誰の役にも立ってねえよ!誰からも必要とされてねえよちくしょう!」ってなっちゃうかなあ、と思う。それはCMが悪いんじゃなくて、常日頃から仕事をしていない自分に引け目を感じていて、たまたまそこを刺激しちゃっただけというか。

何が言いたいかというと、稼いでないから炎上しちゃうのかな、というのはただの私の予想というか私の炎上ポイントはここかなあ、というだけの話なんだけど、もしそうなら、仕事して金を稼がない限りは、あるいはバリバリ仕事するのがカッコイイという考え方がなくならない限りは、ああいうお母さん応援歌って炎上し続けると思う。なので、歌なりCMなりはお母さん応援系はやめといたらいいのではないかなあ、と。

 

 

父親としての自覚

よく、育児に協力的でない夫に対して「父親としての自覚がない」と言われるようだが。

「父親としての自覚」って何だろう?

独身の頃にやっていた趣味をやめること?やりたいことを我慢すること?

それって、妻側が「私はやりたいことを我慢してるのに自分ばっかりずるい」ということでしょ?それを聞こえが良いように「子供のため」とか「父親らしくしろ」とか言ってるけど、要は「自分も我慢してるんだからお前も我慢しろ」ということでしょ?それってすごく暗いというか、建設的でない気がする。

自分の我慢を他人に強いるのではなくて、家族に迷惑をかけない程度に、自分も夫も我慢しないようにすればみんな幸せになれるのではないだろうか。

どうせ赤ちゃんや小さな子供なんて夜は早く寝てしまうのだから、例えばやりたいことは夜やるとか。スポーツジムだってデパートだって夜遅くまでやってるのだから、会社帰りに運動したり買い物すればいいし、飲み会だって、午前様になって次の日の休日寝て過ごすとか酔っ払って夜中子供を起こすとかでなければ行けば良いと思う。

妻も、夫が早く帰れる日は夜買い物に行ったり友達と食事に行っても良いし。

また、たまには託児所に預けて夫婦2人で出かけるのも良いと思う。子供がいると行けないようなレストランでランチしたり、映画を観に行くのも良いと思う。託児所に子供を預ける理由として「親がリフレッシュするため」というのもきちんと認められている。

なんで自分が夫に対してイライラするのか、どうすればそのイライラが解消されるのか、よく考えれば他人を不幸にすることなく自分が幸せになれると思う。