文句を言う暇があるなら頭をつかいなさい

育児のことで、よその家庭を参考にさせてもらうために月齢の近い子供を持つ人のブログをいくつか購読しているのだが、夫に対する愚痴の多いことにびっくりする。大体が「使えない」「何もしてくれない」「自分は独身のまま何も変わらない生活をしていてずるい」「何しでかすかわからなくて危なっかしいから任せられない」といったものだ。それはなぜなのだろうか?世の中の旦那さん方は、そんなにも思いやりがなくて役立たずなのか?

彼女らの夫全員に会ったことがあるわけではないので憶測でしかないのだが、(ちなみに自分の友人にはそのような愚痴を言う人がいない。旦那さんが良い人なのか、友人自身が我慢強い人なのかは不明)自分が何で困っていて、どのような方法で助けて欲しいのか伝えきれていないのではないだろうか?たとえば、夫が独身の頃と同じように休日は遊びに行ってしまうのなら、「いいよねー男は子供できても気軽に遊びに行けて」と嫌味を言うだけでは何も変わらないだろう。そうではなく、「自分は平日ずっと子供と一緒にいて疲れたから1人になる時間が欲しい」と訴えるべきだ。なんなら、「私はずっと子供の面倒を見なければいけないのに自分ばっか遊んでずるい」でも良い。夫が子供の面倒を見るだけなんて楽なのでは?と思っているようであれば、半日子供を預けてみれば、それがどんなふうにしんどいかをわかってもらえるだろう。「俺の方が平日仕事で疲れている」と言うようなら、夫と自分で一人きりの自由時間を平等に持つようにすれば良い。

(物忘れが激しく過去に自分が何を書いたか覚えていないので重複していれば申し訳ないが)よしながふみが言っていたが、「割り食ってる方が文句を言うしかない」のだ。辛い状況にいない人が、辛い状況にいる人の気持ちを想像するのは難しい。だから、自分が何が原因でどう辛くてどうやって解決したいかを具体的に伝える必要がある。

こういうような話をすると、「ああ、男は具体的に指示しないとわからない生き物だから」と言う輩がいるが、そうではない。これは男に限った話ではないからだ。そういうことを言う奴は大抵指示の仕方が曖昧でわかりづらいのだ。自分の指示が適当だから相手に伝わらないのにもかかわらず、「ああもういい自分でやる」と逆切れするものだから、夫も「奥さんがやってくれるから自分は何も手出ししない方が良いんだ」と思い、何もしなくなる。

夫に任せると危なっかしいというのも怪しいものだ。不注意で子供を床に落とすとかなんかそういったことなんだろうけど、別に男は不注意な生き物ではない。それならなぜ男の医者がたくさんいるのだ?世の中の多くの男が注意散漫なら手術はミスしまくりだし処方する薬の量は間違えまくるだろう。というか医者に限らず不注意が多ければそもそもほとんどの仕事ができないはずだ。本屋は発注ミスをし、SEはサーバを落とし、床屋はカミソリで客の顔をズタズタにするだろう。何が言いたいかというと、不注意は意識の問題だ。適当で大丈夫と思っているからミスを起こすのだ。自分がミスをしても妻がフォローしてくれると思っている、要は当事者意識が欠如しているのだ。それを解決するには、やっぱり夫に任せること、母親が完璧ではなく、父親と同程度であることを認識してもらうことが必要だと思う。

また、夫をイクメンに育成するとか褒めて伸ばすとか手のひらで転がすとかもよく見かけるが、そういうのもなんか嫌いだ。要は、上から目線でムカつくのだ。私は女なので男性の立場に立ってかわいそうとかいう話でなく、なんかバカみたいでみっともないからやめて欲しいのだ。そもそも、褒めて伸ばすみたいなこと、私はしたくないのだ。なんでやって当然のことをできたからと褒めてやらなければならないのだ?実践したら私はきっとイライラするだろう。普通に対等に接すれば良いではないか。じゃあそいつらは褒めてあげないと仕事をしないのか?そんなことないだろう。褒めてあげないと家事や育児をしてくれないのは、それをしなくても問題ないからだ。仕事はしないとクビになって給料がもらえなくなる。家事や育児はしなくても妻がやってくれる。だから自分はやらなくてもいい。そう思っているのだ。じゃあどうすればやってくれるのか?やらざるをえない状況を作れば良い。床に靴下が脱ぎっぱなしになっていれば、永遠に放置すれば良い。子供が泣いていて自分が家事をやっていて手が離せない時に夫があやしてくれなければ、あやすまで放置すれば良い。子供が泣いていてかわいそうとら思うなら、「泣いててかわいそうだから相手してあげて」と言えば良い。それを無視するならその夫はろくでなしだ。

何か困ったこと、辛いこと、嫌なことがあるなら、その原因と、どうすれば解決するかを頭を使って考えれば良い。ブログに愚痴を書いている暇があるのなら。

母親力

私の子供がまだ喋れなくて、何かあれば泣くしかできなかった頃、私は我が子が泣いている理由が全くわからなかった。泣き声でオムツが濡れていて気持ち悪いとかお腹が空いているとかわかるという友人もいたが、私にはサッパリだった。幸い、私はジーナ的なスケジュールに則って育児をしていたこと、首すわり以降は抱き上げれば泣き止んでいたため特に困っていなかったが。ある日、私の母がうちに来ていた時、いつも通り授乳の時間でも昼寝の時間でもないのに子供が泣いていることがあった。母に「なんで泣いているの?」と聞かれたので私はわからないと答えた。すると母は「お母さんなのに?」と言った。特に深い意味はない、あるいは、ずっと一緒にいるんだからわかるんじゃないの?と単純に思ったのだろうが、私はひどく不快に感じた。私は毎日子供と暮らしているが、泣き声で欲求がわかるという特殊技能は身につかなかった。それを、母親失格と咎められているように感じたのだ。もしこれが、夫だったら何も言われなかっただろう。なんなら、「泣いちゃったー、どうすればいいのー?」と妻に丸投げしてもおかしくないのではないだろうか?それは単に日頃一緒にいないからという理由だけでなく、「男だから」「父親だから」できなくて当然、と免除になっているのではないだろうか?父親も育児に積極的に参加すべきという風潮はだいぶ普及したものの、男だから上手くできなくて当然、という意識はまだ残っているのではないだろうか。

家族だけでなく赤の他人からも似たようなことをよく言われる。例えば、「やっぱりママが一番なのね」など。その時も無性に不快な気分になる。その不快さの正体は窮屈さや、「この仕事(この場合は育児)はこの人(この場合は母親)にしかできない」状況を作り出しかねない危険性なのだと思う。

最近、POLAのCMが話題になっていたが、「誰かの"そうあるべき"が重なって、いつのまにか私が私の鎖になりそうになる」「縛るな。縛られるな」というキャッチコピーは、多くの女性と同じく私の心にも響いた。「お母さんなんだから、赤ちゃんがなんで泣いているかわかって当然」という鎖に縛られていたのだ。そして、縛っているのは男ではなく、女、それもかつて赤ちゃんを育てていた母親なのだ。母が私の泣き声だけで何を訴えているかわかったかはわからない。本人もきっと覚えていないはずだ。(というか、たとえかつて私の母にその能力が備わっていたとしても、だからといって全ての母親にできて当然という考え方は傲慢だ。)「私にできたんだからあなたもできて当然」という経験に基づいた発言ではなく「母親なんだからできて当然」という鎖で、きっとかつての母親も縛られていて、今また娘を同じように縛ろうとしてくる。無意識のうちに。そして、このCMについての記事をどこかで読んだのだが、そこには、鎖に縛られているのは女性だけではなく男性もだと書かれていた。2016年度の男性の育児休業取得率は3.16%だそうで、私の夫も育休という形で休暇は取得しなかった。出産当日に普通に有休を取っただけだ。自分のまわりでも育休を取得した男性はいなかった。そのかわりに、奥さんが出産後しばらくフレックス制度をフル活用した同僚はいたが、それを、男のくせに、とか、奥さんの尻に敷かれて、影で咎めていたのは男性社員だった。彼らは年配の子持ちの男性で、つまりは自分自身の妻も出産育児経験があるのだ。きっと彼らの奥さんも、夫が育休を取ってくれたら嬉しかっただろう。彼らも自分自身を男が育休なんて取るものではない、という鎖で縛り、他の男をも鎖で縛るのだ。

以前、それと似たような話を夫としていたことがあって、女は子供産んだら仕事続けるか辞めるか選択肢があるけど、男にはないよね、という話から、「もし専業主婦になっていいってら言われたら、なりたい?」と聞いたことがある。その時夫は、「専業主婦は嫌だけど、例えば週3日勤務みたいな勤務形態が取れれば良いと思う」と答えた。私はハッとした。今まで、専業主婦かフルタイム勤務か二択しか考えたことがなかったが、そういうやり方もあるよなあと。果たして実現可能なのか?とも思ったが、通常のフルタイム勤務形態でも、インフルエンザで1週間休むこともあれば出張で1週間不在のこともあるし、3日間研修で不在ということもある。不在が前もって決まっていても突発的でも、意外と業務は回るのだ。それなら私も産休が明けたら週2日勤務とかできるかもなあ、良いなあと思った。女性は出産するから、という理由で面接で落とされることはまだあると思うが、男性の育休取得や週何日か勤務を義務付ければ、一生子供を持たない人しか採用できなくなってしまうから、女性だからという理由での不採用はなくなるはずだ。女性の社会進出とか働き方改革とか上っ面だけの改革が行われているが、根底の意識改革が重要なのだろうと思う。

産後うつのこと

産後うつになったかどうかは、病院に行ったわけではないのでわからないが、それらしき状態に二度なった。

産後退院して実家で過ごしてからの生活は地獄だった。毎日夜中2、3時間ごとに起こされ授乳する生活。いわゆる細切れ睡眠というやつだった。こんなものちょっとしたブラック企業だ。その頃私はよく、細切れ睡眠が辛いという課題背景があるのだからそれを解決するソリューションが必要…と回らない頭で考えた。(ちなみにそういうサービスは存在する。助産院に泊まって夜間子供の面倒をみてもらえるらしい。また驚くことに、一ヶ月も経つと細切れ睡眠生活にすっかり慣れて、3時間ごとに起きる生活をあまり辛いと思わなくなった。慣れとは恐ろしいものだ。この頃よく洗脳とか奴隷といった単語が頭の中をグルグルしていた。)

そんなとき、テレビで産後うつについての特集をやっていた。いわく、産後うつはホルモンバランスが原因だと言う。産後うつ疑惑真っ只中の私はこう思った。

んなわけねえだろ!

産後の私が言うのだから間違いない。産後うつの原因は睡眠不足と過労によるストレスだ。それまでやったことのない育児。赤ちゃんは原因不明で泣くし、何かひとつ失敗すればすぐ死にそうだ。人の命を預かる責任重大なプロジェクトのプロジェクトリーダーに突然なったのだ。それに加え夜中2、3時間毎に起こされ授乳。ちょっとした物音で起きそうなので細心の注意を払って息を殺して寝室で過ごす。こんなストレスだらけの生活で鬱になるのは当然だ。仕事で鬱になる人だって大体睡眠不足と過労によるストレスが主な原因じゃないか。ちょっと考えればわかるだろう。番組では専門医によるカウンセリングが必要などと言っていたが、バカか?そんなものいらない。とにかく寝かせてくれ。赤ちゃんと離れて一人にさせてくれ。それさえ叶えばたとえ産後でホルモンバランスが崩れていようとも元気になれたと思う。逆に、例え産後でなくても急に新生児を渡されて「じゃ、今日からお世話してね」と言われたら間違いなく私は鬱になるだろう。

何でもかんでもホルモンで片付けないでほしい。

産後、泊まり込みで赤ちゃんのお世話をしてくれるサービスがあればいいのに。介護は泊まり込みもあるのだから不可能ではないだろう。

子供うるせえなあ

子供を産んでしばらく経つが、いまだに子供の泣き声が苦手だ。自分の子供が泣いている時も、産む前よりは慣れたにしても「うるせえなあ、泣き止んでくんねえかな」と思うし、子供を預けて1人で外出した時電車でよその子供が泣いていたら「休日ぐらい子供の泣き声聞きたくねえよ」と思って車両を変えてしまうぐらいだ。子供の(いや多分大人のもかな)泣き声というのは神経にさわる音なのだ。携帯のアラームが止まらなくなってアワアワするのに似ている。これは多分だけど、神経にさわる音だから、「やばい、止めなくちゃ!」と思わされるのだろう。もし子供の泣き声が小川のせせらぎの音だったら、「良い音だなあ。すっと聞いていたいなあ」と思って泣き止ませたりしないだろう。子供が何か不快を訴えているにも関わらず。つまり、子供の泣き声を不快に思うのはごく自然なことなのだ。

でも、よく「海外では子連れに優しい。子供が泣いてもみんなニッコリしてくれる。日本は子連れに優しくない」みたいな話を聞くが、ほんとに?なんでそんな寛大なの?と思ってしまう。そこで適当に調べて、どうやら海外では「人は他人に迷惑をかけて当然。だからあなたも他人を許しなさい」という教育をし、それに対し日本では「他人に迷惑をかけてはいけない」という教育をする、という違いが原因のようだ。つまり海外は自分にも他人にも甘く、日本は自分にも他人にも厳しいということか。納得できる点はいくつかあるのだが、日本はその厳しさゆえに高品質なサービス、たとえば電車が遅れないとか、を提供できているわけで、良いこともたくさんある、というか、電車で泣く赤ちゃんにニッコリできるようになるには教育方針からまるっと変える必要があるのか?ってことで、まあなかなか大変そうなのだ。もうね、女性専用車両みたいに赤ちゃん専用車両を作って欲しい。それならうちのもうるさい、よそのもうるさい、お互い様!と思える。

敵はお前だ

授乳について、私は幸いなことに母乳がよく出る方だが、1日1回はミルクをあげている。これは、清水瑠衣子さんという方の本に、そのようにして哺乳瓶に慣れさせておくことで、誰かに預けた時に哺乳瓶だと嫌がって飲まない飲まない「乳頭混乱」を避けることができると書いてあったからだ。これのおかげで夫1人でも問題なく授乳が行えるため、私は長時間1人で外出することができる。

なので、検診や助産師訪問で母乳かミルクか聞かれる時、私は1日1回はミルクです、と答えている。そうすると大抵の人(助産師さん?)は不思議そうな顔をする。えーと母乳出るんだよね?なんで?みたいな顔だ。だから私は上記を説明するのだが、「預ける?お仕事か何かで?」「いえ主人に」「ああ、なるほど」みたいなやりとりが行われることになる。

母親が3,4時間1人で外出するのはそんなにおかしいのか?母親は自分の時間を持ってはいけないのか?被害妄想かもしれないけど、母親は子供のために我慢して、尽くすべきという考えが蔓延しているように思える。子供と離れて自分1人の時間が欲しいとでも言おうものなら「お前は子供が可愛くないのか?母性がないのか?」と責められかねないからタチが悪い。

「世の中のお母さんはみんなやってることだから」という考え方もやばいと思う。みんな我慢していたことだから自分も我慢すべきという考え方は出産するまでとんとしてなかった、というか、したことがあるかも怪しい、というかそんな考え方があるのかというぐらい驚いた。むしろ、私はIT系の企業に勤めているのだが、従来の御用聞き形式の仕事の取り方じゃなくて世の中の課題を解決するソリューションを新規ビジネスとしてどんどんやっていこう、という流れがここ数年あったので、何か困ったこと=カネのにおい!だったのだ。日常生活で困ったことを言い合って新規ビジネスを検討するアイデアソンなんかもやったりしていた。だから、子育てで困ったこと、辛いことが起こった時に我慢するというのはビジネスチャンスを潰しているわけで、もったいないのだ。だいたい洗濯機だって車だって、手で洗濯するの大変だなー、とか、長い距離を歩くの大変だなー、とか、困ったことを解決するために発明されたわけだ。つまり、困ったこと、辛いことを我慢してしまっては文明は進歩しないのだ。それが、育児に関してのみ「母性」という呪いの言葉に邪魔されて、いつまでたっても我慢させられるわけだ。このクソみたいな母性のせいでシッターやヘルパー等の商売がいまいち普及していない気がする。そして母親たるものかくあるべき像を押し付けているのは、母親として我慢してきた女性たちだ。これは里帰り出産した時に自分の母親を見て感じたことだ。自分だって我慢してきたんだから、お前達も我慢すべき、という虐待されてきた人がその子供にも虐待を繰り返す負の連鎖みたいな現象が起こっている。世の中の母親の敵はかつての母親達だ。辛いこと困ったことは、割りを食っている人が言い出さない限り世間に認識してもらえない。この負の連鎖は私達の代で断ち切るしかない。

理性で育児

夫と子供との生活を始めて何ヶ月かが過ぎた。

前にも書いたように、夫は育児を非常に良くやっている。イクメンと言って全く問題ないだろう。

しかし、危なっかしく、見ていてもどかしい時がある。夫が寝かしつけで手こずったり、お風呂に入れるのにモタモタしている時「あーもういい見てらんない、貸して、私がやる!」と言いたくなる。言いたくなるのを理性でぐっとこらえる。

なぜか?

そこで私が夫から仕事を奪うことで、夫はいつまでたっても育児スキルが上がらないし、また、「嫁がやってくれるなら自分はやらなくていいんだ」と夫のモチベーションが下がるからだ。その結果何が起こるか?例えば、私が風邪をひいた時、夫は何もできないだろう。そして、私が全てやる羽目になる。風邪でしんどいのに。「この仕事はこの人にしかできない」状態を作るということは、結果的に、自分を苦しめることになるのだ。

私は一応10年ほど会社員経験があり、このような考え方をするのはその影響だと思う。会社では、誰か1人が欠けても業務が滞りなく回ることが必要とされる。したがって、いくらその人本人のスキルが高くても、後輩や部下に仕事を割り振ることができなく自分でやってしまう社員は、人材を育成できないとして評価されない。

だから、私は夫に育児を任せる。信用できるかといえば、できない。心配だ。でも私だって育児を始めてまだ数ヶ月の新人だ。毎日面倒を見ているからほんの少し慣れているだけであり、夫に対してえらそうに先輩面できるほどベテランではない。それに夫だって育児に関しては新人だが、いい年した大人だし、会社ではそれなりに大きな仕事を任せられるぐらいにはまともな人間だ。つまり私も夫も大した変わりはない。そんなことを自分に言い聞かせながら寝かしつけもお風呂も私が助けることなく夫1人でやってもらっている。週に一度は3,4時間私1人で外出もしている。子供と離れることでリフレッシュでき、また頑張ろうという気になれる。

本能ではなく理性で育児。自分1人に負担がかからないようにすることで、みんな幸せになれるのではないかと思う。

夫の育児

里帰り出産を終了させ再び夫と暮らしだしたある日、夫が「夜中のオムツ替えは自分がやる(から授乳だけ君がやって)」と提案してきた。当初、次の日仕事がある夫を夜中起こすのは申し訳なく思い夜中のオムツ替えと授乳は私がやっていたのだ(こういう時会社員の経験があって良かったと思う。私は思いやりのある女ではなく、自分に置き換えたら辛いと想像できるだけの話だ)。寝不足になるんじゃない?と私が聞くと夫は、オムツ替えだけでもやらないと、自分は平日子供と関わりが一切持てないと言った。その頃子供は7時半に起き、19時に寝るというスケジュールだった。夫の出勤は7時、帰宅は20時だ。たしかに起きている子供と触れ合える時間は一切ない。なるほどと思い、夜中のオムツ替えは夫の担当となった。しかし空腹で夜中起きる子供を抱っこしたところで泣き止むわけがない。平日の夫と子供の触れ合いは泣き叫ぶ子供のオムツ替えと泣き止むわけのない無駄な抱っこ、授乳する私への受け渡しのみとなった。私は夫をかわいそうに思った。友達に聞いてもどこも似たような状況だった。夫の出勤時刻が遅い家は朝のオムツ替えを担当してもらっているとのことだったが、「毎日子供の寝顔しか見ていない」は我が家でも現実となった。

この状況は、単純に夫がかわいそうなだけではない。子供と触れ合う時間を十分に持てないことで、子供が夫に懐かなくなる、あるいは夫の当事者意識が薄れ、その結果育児の負担が私のみにのしかかる不安があった。夫が平日も子供と触れ合えるようにするには夫が育休を取得する、夫が在宅勤務をする、夫が早く帰宅し、子供が寝た後その日やり残した仕事をする、等の解決策が挙げられるが、それらのどれも現実的でないように思えた。

そんなある日、夫の会社で在宅勤務制度をトライアルで導入することになった。既にいくつかの支社で実施済みであり、好評と鳴り物入りだった。ちょうど子供が産まれたばかりの我が家はその対象となった。早速利用してみることにしたが、なんとも微妙だった。というのも、家にいられるということは、育児なり家事なり何らかを期待してしまうのだ。しかし、仕事というものは待ち状態になることがある。誰かの回答待ちだったり承認待ちだったり。そしてその回答なり承認は急に訪れる。つまり、待ち状態の時は家事や育児をしてくれるが待ち状態が解除された途端不可能になる。だから、待ち状態の時に子供と遊んで、何か頼みたいことができた途端待ち状態が解除されたりするのだ。これが結構ストレスが溜まる。自分のやりたいことだけやってるんじゃないのか?と疑いたくなるのだ。つまり、汚いこと・大変なこと(寝ぐずっている時に抱っこして泣き止ませる、オムツ替え等)の時は忙しいふりをして、楽しいこと(子供と遊ぶ、哺乳瓶でミルクをやる)だけやっているのでは?思ってしまうのだ。一応仕事中ということになっているのでこちらから用事を頼むこともしづらい。

そこで、支社で好評だったというのがあやしく思えてくる。好評なのは男性社員だけで、その奥さん方は在宅勤務なんて迷惑がっているのでは?と。そこで、制度を利用するにあたって、家族である私もアンケート答えるかな?と聞いてみたが、そんなものはないとのこと。子供と関わる時間を確保する方法として、在宅勤務は良い解決策となるのだろうか?私にはまだわからない。