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つわり地獄

私の場合、妊娠5週頃から早くもつわりが始まった。

5週といえば、まだ心拍確認すらできていない、妊娠検査薬で陽性を見てから10日ほどしか経っていない頃である。最初はうっすらと気持ちが悪い、ぐらいの感じで始まった。いわゆる食べづわりらしく、お腹が空くと気持ちが悪い。ドライフルーツやカットフルーツを食べたりりんごジュースを飲むと気分がすっきりした。

それが、旅行から帰ってきた直後、急激にひどくなった。朝から晩まで気持ち悪い。食べても食べなくても気持ち悪い。いわゆる吐きづわりだ。実際吐くことは全部で4回程度だったが、常に「うえっ」と上がってくるような感じがする。もう地獄だった。

つわりが一番ひどい時期に私が食べれたものはスーパーやコンビニで売ってるカットフルーツ(パイナップル、りんご、みかん、メロンなど。缶詰は缶切りで缶を開ける元気がないので×)、冷凍食品の焼きおにぎり、うどん、そば。以上。

夫の食事をどうしていたかは覚えていない。別に食事を作れなくて怒られたり文句を言われることもなかったし、ネットで見かける「僕のごはんは?」と聞かれることもなかった。適当に自分で作っていたように思う。その頃夫の仕事が忙しかったのか暇だったのかも知らない。私は私の心配をする余裕しかなかった。その当時のLINEを見返しても私が一方的に気持ち悪い気持ち悪い言っているだけで、夫の食事に関するメッセージは一切見つからなかった。その頃の私は週末もずっとベッドに寝たきりで、普段なら毎週どこかしらに遊びに行きたがったので、「こりゃほんとに具合が悪そうだ」と思ったのかもしれない。妊娠前に行こうかなと思っていたイベントも、毎回楽しみにしていたルミネの10%オフも、全部行く気になれなかった。

私のつわりレベルは初期(うっすら、食べづわり)→中期(MAX、吐きづわり)→後期(治りかけ、吐きづわりだが大丈夫な時間が増える)と移行したが、中期は大体3週間で、その間は起きた瞬間気持ち悪いし、なんとか化粧をして朝食を摂った後に吐いて泣きながら「やっぱり無理〜今日も休む〜」といった塩梅だった。毎朝起きては「今日はいけるかも」と思い、出かける直前に「やっぱりだめ」になった。会社を休んで家で横になりながら「明日こそは行かなきゃ」と思ってまた次の日やっぱりだめ。これは非常にきつかった。

結果的に3週間ほどぶっ通しで会社を休むことになった。こうなると職場に事情を話さないわけにはいかない。普通は妊娠10週ぐらいな職場に報告すると思うが、私は8週で報告することになった。直接迷惑をかけてしまう必要最低限の人にだけは、実は今妊娠中でつわりがひどく出社できないということを報告した。みんな優しく、今は大事な時期だから、自分の体調優先でとにかく無理はするな、仕事は何とかするから、と言ってくれた。迷惑をかけて申し訳なかったが、非常にありがたかった。

もう私は開き直って甘えさせてもらうことにした。家にいる間、何もすることがなかった。立っていても座っていても寝ていても気分が悪いからずっとベッドに横になっていた。朝起きると空腹で気分が悪いのでカットフルーツを食べる。会社に休暇の連絡をし、別に眠いわけでもないけど横になっているといつの間にか寝てしまう。昼過ぎに目が覚めて焼きおにぎりかうどんを食べる。またベッドに横になるとまたいつの間にか寝てしまう。夕方目が覚めてしばらくすると夫が帰宅する。また焼きおにぎりかうどんを食べてベッドに横になる。今度は日中寝すぎて眠れない。一晩中起きて明け方5時ぐらいにようやく寝付く。6時過ぎに一応会社に行くため目覚ましが鳴り、体調を見てやっぱり無理と判断して会社に休暇連絡を入れる。ひたすらこの繰り返しだった。しかもこの時期ちょうど台風がやたら来ており、大げさでなく毎日台風だった。窓の外を見ても毎日どんよりと曇っていて雨がざあざあと降っており、余計に陰鬱とした気分にさせられた。

ベッドに横になりながら、毎日トツキトオカという妊娠アプリを見て今日が何週何日かを確認し、まだまだ妊娠初期を抜けられないことにうんざりした。安定期と言われる妊娠20週でなんて一生来ないように思えた。「妊娠○週 つわり」とか「つわり いつ終わる」と何度も何度も検索した。しまいには「つわり 食べても食べなくても気持ち悪い」などと調べだす始末だった。もう何が目的なのかわけがわからない。ただ自分と同じような辛い経験をした人を見つけたかったのだと思う。

こんなに妊婦然とした症状が出ているのにまだ安心できないのも辛かった。妊娠週数別の流産の確率は8-12週で34-48%、13-16週で6-9%だという。早くゼロになってくれよ…と毎日思っていた。

体重は2キロ減った。朝昼晩と一応食べていて、一日中寝ているだけなのにこんなに減るものかと思った。

つわり期間中に不妊治療クリニックから産婦人科への転院もあった。まだ流産の確率も低くないのに不妊治療クリニックを卒業するのは少し不安だった。転院先は最寄り駅のすぐ近くにある産婦人科にした。家から近いというだけの理由で決めた。産婦人科への通院はしばらくは月一回の妊婦健診のみだ。これも不安だった。

こんなに辛かったにも関わらず、不思議と「やっぱり妊娠やめたい」とは思わなかった。つわりがあるということは赤ちゃんが元気な証拠、と信じて、早くつわりが終わってくれること、赤ちゃんが元気でいてくれることだけを願っていた。

つわりの終わりは少しずつやってきた。よく「霧が晴れるように急に終わった」という話も聞くが、私の場合は1日の中で「今日はましかも」な時間が少しずつ増えていった。朝は大丈夫でも夕方になると気持ち悪くなったり、会議中は大丈夫だったり、電車の中はダメだったりと1日の中でムラがあったが、食べられるものも徐々に増えていった。後期が約1ヶ月ほど続いた後、ベタに安定期と呼ばれる妊娠16週目、つわりは完全に終わった。何を食べてもおいしくて感動した。食べ物を食べておいしいと感じるのがこんなにも素晴らしいこととは思わなかった。タガがはずれた私はありとあらゆるものを食べまくり、どんどん太っていった。

 

強行

ところで、私たちは夏休みにニューヨーク旅行という一大イベントがあった。

まさか流産後1回の人工授精で妊娠などするわけないと思って、もう入金までしてしまった。出発までもう1ヶ月を切っている。妊娠がわかった今キャンセルすればバカにならない額のキャンセル料を払わなければならない。もちろんせっかく授かった赤ちゃんの命に比べたらお金なんてどうでもいい。でも私は前回の流産の経験から、流産する時は何をしてもしなくてもするし、逆に、流産しない時は何をしてもしなくてもしないということがわかっていた。それに、旅行期間中はちょうど妊娠6〜7週目にあたるが、その時期は妊娠に気付かない人も多いという。ということは、普段通り仕事やスポーツや旅行を楽しんでいる人だって大勢いるということだ。といったような結論を「妊娠判明後でも旅行行きました、大丈夫でした」という経験談を探して「妊娠 海外旅行 流産」などの検索ワードを使って叩き出した。

クリニックにも「海外旅行の予定があるんですけど行って大丈夫ですか?」と確認した。基本的には無理しすぎなければ大丈夫とのことだった。この時期は何しても流産する時はするし、しない時はしない、と。空港のX線検査も問題ないらしい。

そうとなればもう行くしかない。お金も振り込んだし、予定も細かく立てちゃったし、きっと今行かなければ後悔するに違いない。行って、また流産すれば「やっぱり行かなければ流産しなかったかもしれない」と後悔するのも目に見えていた。それでも、だ。夫も心配していたが前述のような理論で押し切った。

かくして私たちのニューヨーク旅行は決行された。実は心拍確認のあたりから既につわりがあったのだが(つわりについてはまた別の機会に書く)、旅行期間中はましだった。たまに起き抜けに空腹で気持ち悪いこともあったが、食べづわり対策に日本から持って行ったドライフルーツとキシリトールガムで解決した。クリニックからは無理しすぎるなと言われたが、海外旅行で無理しないはやっぱり無理だ。結果的に私たちはほぼ一日中歩き続けることになった。朝イチでカフェで朝食だの美術館だのセントラルパークだのへ行き、それから買い物、観光、ジャズライブ、ミュージカルと、文字通り朝から晩まで遊びまくった。

旅行3日目、SOHO地区を歩いている時だった。なんかお腹が張る。気のせいかもと思ったが、気のせいじゃない。それどころかお腹は張るだけでなく、生理痛のような痛みに変わってきた。これはまずい。ディーン&デルーカに未練を残しつつホテルへ帰った。夫に買ってきてもらったスープを飲んだ後はベッドで寝ていた。ベッドの中で私はまたも検索魔となり「妊娠6週 腹痛 生理痛のような 痛み 流産」などの検索ワードで調べまくり、とにかく休んで治ればOK、出血がなければOKということがわかった。やっぱり来なければ良かった…と思った。5時間ほど休むと腹痛が治ったので夕食を食べに出かけた。その次の日も起きるとお腹は痛くなかったので、無理しない程度に休み休み出かけることにした。それからずっと腹痛はなかったが不安ではあった。心のどこかで「今回もどうやらダメそうだ」と諦めていた。

帰国後、赤ちゃんの成長を診てもらうためにクリニックへ向かった。「無事でありますように」という気持ちと「どうせダメだろう」という気持ちと半々だった。結果は、心拍も変わらず確認でき、赤ちゃんも大きくなっていた。私はまた安心して診察台の上で少し泣いた。

 

陽性後2

またしても妊娠検査薬で陽性が出た私はクリニックにその旨を伝え、予約を取った。前回のことから学習して、ちゃんと胎嚢が見えるであろう妊娠5週目に予約した。

今回も飛び上がるほどに嬉しかったが、前回のことがあるので不安もあった。いやむしろ、どこか「どうせ今回も無理だろう」という気持ちがあった。この気持ちは意外と長く続くことになる。

嬉しい半分、不安半分の気持ちで診察を受けた。今回はちゃんと胎嚢が見えて、診察料は無駄にならなかった。まあここまでは想定の範囲内だ。問題は次だ。

また1週間後、心拍を確認するためにクリニックへ向かった。「どうせダメだよ、期待するなよ」と自分に言い聞かせつつ、でもどこかで「今度こそ」と思いながら診察を受けた。画面にエコーが表示される。ドキドキした。相変わらず真っ黒な粒でなんだかわからない。院長先生が「心拍確認できてますね」と言った。よく妊娠した人のブログには「ピコピコしたのが見えた〜」とかあるが、私にはちっともわからなかった。でも心拍確認できた!緊張の糸が切れて、診察台の上なのに涙がぽろぽろ流れた。院長先生も「良かったね」と言って、膝をポンポンしてくれた。そう、診察台の上で全開の私の膝を。診察の後、別室でスタッフから「分娩先を検討し始めてくださいね」と説明があった。前回のことがあった私にとっては急展開だった。もう分娩先?早くない?まだ流産の可能性全然あるよね?と少し戸惑った。

帰り道、私は「心拍確認できた!」と夫にLINEした。「どういうこと?」と返信が来たので「心臓動いてるって。前回はここまで来てない」と説明した。夫は「おおー」と言った。2人共喜びながらも「まだまだ油断はできないぞ」といった気分だった。

 

 

また振り出しに戻る

手術の約1ヶ月後、言われたとおり生理が来た。私は事務的に病院に生理が来た旨を伝えて予約を取り、診察を受け、またクロミッドを飲んで注射を打たれて人工授精を受けた。粛々と、ただ作業を進める、といった感じだった。ただ言われたことをこなした。
この頃は初夏で、夏休み何して遊ぼうか、ということが私達夫婦の間では最もホットな話題だった。どうせ一度の人工授精で妊娠するわけもないし、行ってみたかった海外のどこかへ行こうと。話し合った結果、前回行けなかったニューヨークに行くことにした。そうなるともう頭の中はニューヨーク一色になった。またも私はやることの洗い出しと予定表作りに大忙しとなった。平日は仕事と調べもの・予定表作り、休日は新しいニューヨークのガイドブックを求めて本屋めぐりで充実した毎日を送っていた。

人工授精から約2週間、明日生理予定日かな、というあたりのある朝、トイレに行ったら、トイレットペーパーにうっすら血がついていた。私はがっかりした。今回どうせできているわけないだろうと思いながらも、どこか「もしかしたら。。」という淡い期待があったのだ。「もう今日はショックだから会社休む!」とふてくされてながらも「もしかしたら着床出血かもしれない」と諦めの悪い私は妊娠検査薬を試した。今回は生理予定日の1週間後から試せるものだ。家にそれしかストックがなかったのである。なんだかうーっすらと水色の線が見えるような気がした。

その瞬間もう大興奮だった。すぐさま夫に「これ線見える?」と写真をLINEで送り、「いや見えない」と返信が来たにも関わらずどうしても諦めきれず、全休を取るはずが午前休に変更して薬局へ向かった。早期妊娠検査薬を買って会社のトイレで試した。線がある。。!終了線の半分ぐらいの濃さだが、気のせいではない。またも夫に写真をLINEで送りつけ、「これは気のせいじゃないよね!?」と送った。夫からも「うん、見える」と返信が来た。まさか2回連続で妊娠するとは!思いもよらなかった。あんなに何回も失敗したのに。

そうとなったらまた病院だ!

 

陽性後

妊娠検査薬で陽性を確認した私はとりあえずはクリニックに行くことにした。電話で「妊娠検査薬で陽性が出たので」と予約をとり、診察を受けた。いつのことだったか忘れたが、妊娠検査薬で陽性が出てほんの数日後だったと思う。結果は、なーんにも見えなかった。受診するのが早すぎたのだ。「また一週間後来てくださいね」と言われ、無駄に8千円も払ったとムカムカしながらもどこか浮き足立っていた。わーいわーい赤ちゃん赤ちゃん!とニヤニヤしながら帰った。ネットには子宮外妊娠や流産など、ありとあらゆる人を不安にする情報が満載だったが、そんなことが自分に起こるわけがないと思った。
一週間後、再度診察を受け、胎嚢を確認することができた。エコーを見ると、小さい黒い粒のようなものが見えた。まだ心拍が確認できなかったので、また一週間後来るように言われた。エコー写真をもらえた。診察が終わってすぐさま夫にエコー写真と一緒に「胎嚢あった!」とLINEをした。夫からは「おおー」とそれなりに喜んでるような適当な返信が来た。

一週間後、今度は心拍確認のためにクリニックへ向かった。院長先生は「うーん、まだ見えないですねえ。また来週来てください」と言った。まあまだなんだろう、来週には見えるだろう、と思った。
次の診察予定日の前の土日、私は久しぶりにフェスへ出かける予定だった。そんなに激しく動かないよう気を付けるけど、まあ万が一のこともあるしね、と思い、直前の金曜日、一応クリニックに確認しておこうと思った。クリニックに電話すると、「では念のためということもあるので今から来てください」と言われた。私はめんどくせーと思いながらもクリニックへ寄った。
もしかしたら心拍確認できるかな?と思ったが、結果は予想と違った。院長先生は「うーん、黄色信号ですねー」と言った。その言葉は今でも覚えている。「そうかー、黄色信号か。ちょっとあやしいってことなんだな。お金もったいないけどフェスはやめて安静にしとくかー」と思った。「今日も心拍確認できないので、来週もう一度来てください」と言われた。その後別途スタッフの方から説明を受けた。詳しい説明は忘れたが、私の認識とは異なり、どうやら高い確率で流産のようだった。稽留流産というらしい。「へ?うそ?ちょっと進捗が遅れてるだけで、来週には見えるんじゃないの?」と思った。私はクリニックの廊下に出て夫に電話し、「流産だって」と言った。そのあたりで私はやっと事態を理解し、泣きながらタクシーで帰った。家に帰ってからもずっとベッドで泣き続けた。

ただただ悲しかった。せっかく赤ちゃんがおなかに来たのに。ほんの1年前までは子供なんてちっとも欲しくなかったにも関わらず、ほんの数週間前まではこの世に存在すらしなくて、急に私のおなかに現れただけの存在であるにも関わらず、悲しくて仕方なかった。

私のおなかの中で人1人が死んだ。私のおなかの中には今人間の死体がある。

まだ手も足もない、ただの黒い粒だけど。

客観的に考えると大したことがないことのように思えるのに、この世の終わりのように悲しくて大泣きした。

翌週念のためもう一度診察を受け、やっぱり心拍確認できないことを確認した。その週の後半、私は夫に付き添ってもらってクリニックへ行き掻爬手術を受けた。手術は全身麻酔で何も覚えていない。手術が終わった後しばらくクリニックのベッドで休んで朦朧とした意識が回復するのを待った。

手術が終わった。私の中にいた赤ちゃんはもういない。私はまた大泣きした。夫は待合室にいるので会えない。迷惑だよなと思いつつ私はナースコールを押した。スタッフの女性が来てくれて、こらえきれなかった私は嗚咽交じりに「

 赤ちゃん、いなく、なっちゃったー」と言った。スタッフの女性も泣きそうになりながら慰めてくれた。初期の流産はお母さんのせいじゃないとか、いろいろな話をして落ち着かせてくれた。今思うとスタッフの女性に泣きつくというのはすごく恥ずかしい思い出なのだが、その時は手術の麻酔が残っていて変な状態だったのかもしれない。

またしばらくした後内診を受け、今後の予定について説明され、その日は終わった。

 

その後のことはあまり覚えていない。毎日ものすごく悲しかったような、でも仕事もあったし、会社にいる間は仕事のことだけ考えていれば良かったので、わりと普通だったようにも思う。

休日は、しばらく不妊治療のことを考えてなくて良いので、好きに過ごしていたような気がする。

多分3週間後ぐらいには立ち直って、嫌な言い方だが、流産のことは大体忘れたように思う。

だから、水子供養とかもしなかったし、流れてしまった赤ちゃんに名前をつけたりだとか、月命日に思い出すなんてもことなかった。

私は薄情なのかもしれない。

でも事実、おなかの中にいたのはほんの数週間で、心臓の音を聞くこともないままいなくなってしまったのだから、いまいち赤ちゃんができたという実感は薄かった。

3回目の人工授精

2回の体外受精に失敗し、3回目となった。今回失敗したら次は体外受精だ。莫大な金がかかるし、今までと比べものにならないぐらい通院回数も増える。自己注射といって、自分で自分のおなかに注射を打ったりしないといけないらしい。怖すぎる。あいかわらず子供の欲しいモチベーションが中途半端な私は、これでだめだったら不妊治療やめるか、しばらく人工授精続けさせてもらえるといいなあと思っていた。
この周期はタイミングが悪かった。ちょうど排卵日前後に私の出張が重なる。「どうせだめだろうな」と思っていた。

また、(結果的に計画はなしになってしまうのだが、)出張の帰りにマイルを使ってニューヨークに寄って夫と落ち合い、旅行をしようという案が出ており、出張前の私は行ったことのないニューヨークについて調べるのに大忙しだった。ガイドブックを買いこんでクリニックの待ち時間に熟読し、行きたいところに蛍光ペンで印をつけ、Excelで予定表まで作った。その時の私は妊娠のことを考える余裕なんてなかった。
またその頃私は度重なる失敗に、若干クリニックを信用しなくなっていた。ネットで調べると、「体外受精の場合、精子体外受精後8時間しか生きられない」という情報があるのだが、私の通っていたクリニックでは、排卵予定日前日に人工授精を行っていた。「情報が古いのでは。。?」と思い始めていた。
そんなこともあり、今周期体外受精を決行する、という院長の判断に対して「ダメもとだろう」「体外受精やれば儲かるしな」と穿った考え方をしていた。
半信半疑な状態のまま言われるがままに体外受精を受け、指定された時刻にブセレキュアを鼻に噴射し、私は出張に向かった。ダメもとと思いこんでいるので、それまでしていた腹巻も、毎日飲んでいた温経湯も葉酸のサプリもビタミンEのサプリも、高温期の禁酒も、ぜーんぶサボった。出張中は毎日飲み会でたらふく酒を飲み、出張から帰った後も夫と行った肉フェスで昼間からビールを飲み、休日は自転車で遠出をしたり、久しぶりに何のストレスもない生活を送った。今回は捨てよう、そんな気分だった。

生理予定日前日、どうせできてないし、期待しないでとっとと結果を見て気分を切り替えよう、と早期妊娠検査薬(生理予定日の一週間前から試せる妊娠検査薬)を試した。やっぱり真っ白だよね、そりゃあね、…ええ!?いや、どうも赤紫色の線が見えるような気がする。10分待ってみた。時間がたてばたつほど線の色が濃くなり、終了線の半分ぐらいの、見間違いではないほどの濃さにまでなった。私は寝ていた夫を叩き起こし(この時まだ夜の10時ごろだったにも関わらず、夫はなぜか既に寝ていた)、「これ見て!線あるよね?」と詰め寄った。夫は寝ぼけながら「うん、あるんじゃない?」と言った。私がその後もしつこく騒ぎたてるので夫はムッとしながらも起きあがり、「線ある」とか「次また病院?」とかいろいろ言っていた。私は期待していたとはいえ突然のことに完璧にテンパり、「名前考えなきゃ!何にしよう」とノートを引っ張りだして候補を書き始めたり、「ほんとに産んでいいんだよね!?いい?産むよ?」と夫に何度も聞いたりして鬱陶しがられた。

子供ができない2

内診の結果わかったことがある。
私は多嚢胞性卵巣という、卵胞がたくさんあるため一つずつの卵胞が大きくなりづらく、そのため排卵しづらいという体質らしかった。そのため、2周期目からはクロミッドという排卵を促進する飲み薬を処方された。
また3周期目には、クロミッドに加えて、更に排卵を促進するために排卵前に注射を打たれた。
私はこれらの薬や注射が効きやすかったらしく、排卵前の内診の度に、卵胞の大きさが○ミリですねー、順調に大きくなってますねー、みたいなことを言われた。たしかにこれらを始めてから、それまで排卵日(とおぼしき日)が生理開始日から18日後ぐらいだったのが、12日とか13日になっていた。
4周期目、とうとう人工授精にステップアップすることになった。高い金をかけてまで子供が欲しくない私は、大体いくらぐらいかかるのかを聞いた。そのクリニックは2万円前後だという。たしかに高いが、自分の小遣いで出せない額ではない。とりあえず2, 3回試すことにした。
人工授精になると、タイミング法の時よりさらに通院回数が増える。排卵前に排卵日を予想した後、排卵日と思われる日に人工授精を行うためだ。私は小さなカップに入れられた夫の精子を持ち、朝イチでクリニックへ向かった。まずカップを受付で提出し、クリニックの人が精子をなんか選りすぐったりなんだりし、その間私は1時間ほど待つ。外出可能とのことなので、私は駅前のおしゃれなパン屋でパンを食べながら紅茶を飲み、スマホでネットや読書をしながら優雅に過ごした。
話は変わるが、私の通っていたクリニックはとあるおしゃれな駅にあり、近所にはおしゃれなパン屋があった。そのまた隣の駅にはおいしくて有名なベイクショップがあり、会社帰りにクリニックに行った日は、そこでクッキーだのパウンドケーキだのおやつを買って帰るのが定番となった。そのせいで私は不妊治療中少しずつ太っていった。
さて、ティーブレイクを終えて病院に戻ると、いよいよ人工授精を受ける。管のようなものを入れられて、終わり。少し痛いような気もするが、激痛というほどでもなかった。その後、さらに排卵を促すための注射を打たれ、ブセレキュアというこれまた排卵を促すための薬を鼻に噴射する。これはなかなか怖かったが、別にしみて痛いこともなく、気合を入れて「せーの、フン!」という感じでやれば良いのですぐに慣れた。
またこの周期から、漢方薬も処方された。これは別に人工授精とは関係ないと思う。私が処方されたのは温経湯というものだった。血のめぐりを良くし、冷え性を改善することで排卵しやすくする、とかそんな感じだったと思う。クリニックで処方箋を出され、薬局で処方してもらう。温経湯は私の大の苦手な粉薬だった。しかも一回に飲む量が多い。オブラートも一緒に買って帰ったが、量が多すぎて一枚のオブラートに入りきらない。味は苦い。2, 3日で諦めた。しかしこれさえ飲めば妊娠するかもしれない。私はネットで検索し、amazonで錠剤の温経湯を見つけ、早速買ってみた。飲みやすい。味もしない。これなら飲める。一回に4錠×一日3回というのがヘビーだが、粉薬に比べれば屁でもなかった。漢方を処方された次の診察時にスタッフの方に「薬どうでしたか?」と聞かれたので、「飲みづらいのでネットで錠剤のを買って飲んでます」と答えたら若干ザワついていた。「ちょっと先生に確認するので待っててください」と言われ、院長が出てきた。どうやら錠剤でも問題ないようだった。「錠剤のもあるんだねえ」と言っていた。