産休初日

桜が満開のある日、とうとう産休に入った。

年度末のバタバタした中、たくさんの残課題を後輩に引き継いで。最終日まで残務処理に追われる中で関係各所に挨拶のメールを書き、家に帰ってからも「あれ、ああした方が良いかもって教えとけば良かった…」等と後ろ髪を引かれる思いをしながら。

産休初日、これといって何も予定がないので桜を見に近所の大きな公園に行くことにした。

ベンチに座ってイヤホンでオザケンを聞きながらぼんやりと桜を眺めていると、「ああ、本当に休みに入ったんだなあ」という実感が湧いてきた。あと2年弱、こんなのんびりした日々が続くのだ。

そういえば別れの季節、旅立ちの季節だった。もしかしたら昨日軽い気持ちで挨拶した人たちの中には、もう一生会うことのない人もいたのかもしれない。

入社してから10年と少し、こんなに休むのは初めてだ。思えばいつも、何かしらに追われて毎日を過ごしていたような気がする。毎日朝早くに起き、化粧をして電車に乗り、電車の中で1日の予定や昨日やり残したことをざっと考え、会社ではチームメンバーや関係部署の人たちと連絡を取りながらタスクをこなしていく。休日には遊びや外食の予定を詰め込む。

復帰の予定があるとはいえ、急に風船の糸を切られたような気分だった。開放感と不安。きっと、間違いなく、私は育児に辛くなり、これなら一日中仕事してたほうがマシだった、と文句を言う日が来るだろう。毎日がつまらない、辛い、退屈だ、仕事したい、誰かとちゃんとした会話がしたいと。そんなことはいくつものネットの記事を読んでわかりきっていた。それでも、私は子供を産み育てる道を選んだのだ。絶対に、今子供を産まないと後悔する。現に、子供のいない毎日に嫌気がさしていたのだ。何回も何回も考えた結果出した結論だ。後悔はないよね、と何度も頭の中で反芻した。

まだ肌寒いながらも日差しがポカポカと暖かい日だった。時折ベビーカーを押したお母さんや犬を散歩した女性、大きなカメラを持った老人がやって来た。

よく晴れた青空、満開の桜、行き交う人々、イヤホンから流れるオザケン、時折お腹の中でピクッピクッとしゃっくりしたりグルングルン回る赤ちゃん。なんかもう神様が用意した完璧なシチュエーションなんじゃないかという気がした。これらのものに囲まれてぼーっとしていると、自分が完璧な人生を選んだような不思議な感覚になった。一生の中で今が一番幸せ、人生とはなんて素晴らしいのだろうという気分になってきた。わけもなく泣きそうになって、「いよいよマタニティハイがやばいことになってきたなあ」と、なんとか平静を保とうとしながら思った。

 

 

 

子供が欲しくなかった時に考えていたこと

独身の頃、既婚者に「早く結婚した方がいいよ」「なんで結婚しないの?」と言われるのが大嫌いだった。

結婚してからはそれが子供に変わった。「早く子供産んだ方がいいよ」「なんで子供持たないの?」

これも言われるのが大嫌いだった。子供がいる人生を幸せと思うのはその人の自由だが、価値観押し付けんなよと思った。私は私で子供のいない今の自由な人生が幸せだから、子供を持つことで人生を変えたくないと思っていた。子供がいるのがそんなにえれえのかよ?と思っていた。

また、「子供持つと成長するよ」というのも彼らの常套句だった。つまり何かい、子供がいないと成長できないわけ?とカチンときた。普通に会社に勤めて仕事して、日々成長してるんじゃないの?それに、別に成長したくもなかった。成長したいから子供を持つなんて、そんな動機で子供を持つことを決心する人なんているわけがない。それを言って一体どうなるんだ?と思った。「そうなんだー、子供持つと自分が成長できるんだー。じゃあ子供産んじゃおっかな☆」とでもなると思ったか?

きっと、こういうことを言う子持ちの人は「子供を持って幸せ」と自己暗示をかけてるんだと思っていた。本当は子供を持ったことを後悔しているけど、私の自由な人生が羨ましくてしょうがないんだけど、それを自覚するのがこわいから。結婚と違って子供は「やっぱむり。やーめた。」でやめられるものではない。だから他人にも口出しをするのだと。

仲の良い女友達らが子供を持ちだした時、彼女達にもそれをいわれるようになるのがこわかった。でも彼女達は違った。自分達の子供を可愛がりつつも、決して子供を持つことを押し付けたり、「子持ちの自分の方が人生勝ち組」みたいなマウンティングをしなかった。

思い返せば、上記のようなことを言うのは男性ばかりだった。私の数少ない知り合いの話なので男性は〜、女性は〜、という一般論に持って行きたいわけではない。たまたま自分の周りではという話だ。もしかしたら彼らは、生意気で、チャラチャラした人生を送っている女にギャフンと言わせたかったのかもしれない。

仲の良い友達が出産前と後で何も変わらなかったことに、私は安堵した。話題も、子供の話ばかりするでもなく、出産前と同じような話で盛り上がった。彼女達も本当は子供の話をしたいのかもしれない。でも子供のいない自分達に合わせてくれていたのだと思う。

「出産押し付け派」の人達は、自分の人生が不満なのではないか、だから「自分の人生の選択は間違っていなかった」と思い込みたくて、人にも自分と同じ人生を歩むよう押し付けるのではないか。自分と違う人生を歩んでいて楽しそうにしている人達をディスりたいのではないか。だって、自分の人生に満足していれば、人の人生なんて気にならないでしょう?そんな風に思っていた。というか、今でもそう思っている。

 

仕事と出産適齢期

前回の続きのような話だが。

よく妊活している女性が言うのが「30代で妊娠しづらくなるとか、妊娠がこんなにも難しいとか知らなかった。学校で教えといてくれよ」ということだ。本当にその通りだと思う。(たしか小学校か中学校で将来設計年表?を書く授業があったような気がするが、その判断材料として提示してくれても良かったのでは?)

だがそれ以上に教えておいて欲しかったのが、就職した時は仕事に希望を持ってて、何をやっても新鮮で楽しくて、成果を出して評価されることにやり甲斐を感じても、ずーっとその楽しさが続くとは限らないということだ。

自分だって、まさか「仕事楽しいなあ」と思っていた1年後に「もう辞めたい、今すぐ辞めたい、もう嫌だ」と思うようになるとは思ってもみなかった。もちろんそれは年齢の問題だけではないし、ずっと右肩上がりで仕事の楽しさが持続する人だって多いだろう。

でも30代というのは、そうなりやすい時期なのだと思う。勤続10年を超えて、下の年代が追い上げてきて、自分のポジションはだんだんと後輩の指導をする立場になり、かといって大きいプロジェクトを仕切るほどの立場でもなく、なんかちょっと中途半端な中だるみの時期なのだと思う。あと周りの友達が結婚して仕事を辞めたり出産して産休・育休に入りだして、自分もそっちの道に行こうかな?と人生の岐路に立つ時期なのだろう。

こんな風に思うのが自分だけじゃないんだなあと思ったのは、東村アキコの「東京タラレバ娘」を読んだ時だ。東京タラレバ娘は本編の漫画も胸に刺さるものがあるのだが、おまけの巻末漫画がすごい。特に私が共感したのは6巻の巻末漫画だ。ある読者の女性が、若い時に結婚寸前の彼氏がいたのだが彼氏の転勤について行くのが嫌で別れたのに、今となっては仕事に飽きてしまって転勤でどこだって全然ついて行く、仕事辞めたい、若い頃はバリバリ仕事してて辞めたくなんてなかったのに、という話だ。

自分以外にも同じような人がいた!と思った。

こんなこと、聞いたことがなかった。これこそもっと前に教えておいて欲しかった。

女性のお仕事漫画は2000年代頃から増えてきたように思う。それまでは仕事や会社が出てくる漫画といったら腰掛けOLみたいな女性しか出てこなかったが、安野モヨコの「働きマン」やおかざき真里の「サプリ」のような、女性が男性と肩を並べて、時には男性社会の中で葛藤しつつもバリバリ仕事をする漫画が増えてきた。(ちなみにサプリは著者がたしか元博報堂社員で、その時の体験を元に描いたんだと思うが、今この内容はまずいんだろうなあ…という激務っぷりだ。激務でも超高給取りだし男性ならモテモテだし社員が納得して働いてんなら良いんじゃ…というのが私の意見だがまあそれは良い。)

だがそれらの主人公達は若く(だいたい27、8歳?)、やれば成果が出て、仕事がキツイけど楽しくて仕方がない時期なのだ。もちろん「仕事はほどほど」派や、仕事のやる気のない登場人物も出てくるが、大抵彼らは若い時からそういう性格の人として描かれている。「どういうわけか30過ぎて仕事がつまらなくなった」という人物はいなかったように思う。その点で東京タラレバ娘はすごいと思うのだ。33歳という年齢がリアルだ。

30を過ぎたあたりで仕事がつまらなくなる、辞めたくなる、という人が多いということをもっと早くにわかっていれば、対策の取り様があったのにと思う。

もちろん、だからいつでも逃げ道を確保できるように結婚しておきましょう、という意味ではない。そんなようなスランプに似た状態に陥るケースが多いこと、そんな時にスランプをどうやって乗り越えた人がいるのかをもっと早くに知りたかったということだ。

そもそも、何歳で結婚して、何歳で仕事で大体このぐらいのポジションになって、何歳で出産して、というロールモデルが曖昧な気がする。私の会社では、というか多分大体どこもそうだと思うが、30前後で主任に昇格する。私は絶対出産するなら昇格してから、と子供を持ちたいと思う前から考えていた。育休がブランクとなり、育休が明けて復帰してもしばらくは時短勤務になるため、昇格しづらいからだ。現に、私の知り合いにも昇格前に出産し、40代の今もそのまま昇格していない人がいる。(彼女の希望で昇格しないのかもしれないが。)だから、妊活を始めてなかなか妊娠に至らないときも「もっと早く妊活始めれば良かった」とは一度も思わなかった。きっともっと早くに妊活を始めれば妊娠できる確率も高かったのだろうが、それで妊娠できても育休復帰後になかなか昇格できなければきっと出産を早まったと後悔すると思ったのだ。

会社では5年後10年後ののキャリアプランを書かせられるが、そこに結婚適齢期や出産適齢期を踏まえての人生設計は考慮されていない。それは私が今まで男性の上司の下にしかついたことがなく、女性の上司ならそういったことも踏まえてアドバイスをくれたのかもしれない。男性の場合は結婚も出産もキャリアに影響しないからだ。だとしても、それは個人の裁量に任されるべきではなく、会社の方針として、人生全体を考慮したキャリアプランを作成させるようにしなければならないと思うのだ。プライベートなことだからそこまで踏み込むのは問題になるのだろうか?

 

 

子供いる?いらない?

前に書いたように、私は自分の生活に不満があって、それを解決するために、あるいはそこから逃げるために子供を持つことを選んだわけだが、みんな、なんで子供を持つことにしたんだろう?こんなにも、結婚するしない、子供持つ持たないの選択肢を選べる時代なのに、依然として結婚して、子供を持つことがメジャーだ。

大体の人は(例えばデキ婚じゃなければ)、ありとあらゆるリスクがあることをわかった上で子供を持つことに踏み切ったはずだ。元々子供が好きで自分の子供が欲しいとか、跡継ぎが必要とか、自分の将来が不安とか。

さっそく「子供 持つ 理由」などのワードで検索してみた。

私と同じような疑問を持つ人に対し、結構な数の人が、「大して疑問を持たずに結婚したら子供を持つのが普通と思って作った」とか「子供を持つことはヒトとしての本能でしょ?」と回答していてびっくりした。え、そうなの?リスクとかって考えないの?人生の大事な決断なのに、よーく考えなくていいの?何かを決断するときって、何のために、とかって考えないの?だって、例えばこっちの大学とこっちの大学どっちに進学しよう?とか、大学院に進学するか就職するかどっちにしよう?とか、就職先を決めるときに、私は何をしたいんだろう?とか、就活で志望動機を考えたり、するよね?今までの人生で何度か大事な決断を、いろんなリスクを洗い出したり、意味や目的を掘り下げたりした上で、してきたわけでしょ?なんで子供だけ、そんな本能に従っちゃうの?そんな風に思った。

でもよく考えてみると、30代になって、仕事がつまらなくなったり、プライベートでは趣味がつまらなくなったり、とにかく何かを新鮮に感じたり感動したりすることが少なくなったように思う。例えば私が今独身だとしても、昔のように異性にときめくことは少ないのかもしれない。なんていうか、感性が?感受性が?鈍くなったような気がする。若い頃は本を読んでも音楽を聞いてもいちいち刺激的で、影響を受けたりしていたが、どうもそれがなくなったような気がする。

もしかしらたら、20代までは繁殖期で、良い相手を探し回る時期で、30代からは子育ての時期、と本能だか遺伝子だかに組み込まれているのかもしれない。だから、いくらリスクがどうのこうの頭で考えても、結局のところ本能的に「そろそろ子供でも育ててみるかー」みたいな感じになるのかもしれない。

 

 

 

マタニティハイ

親と同様に、私自身もまだ見ぬ赤ちゃんに浮かれていた。
ネットでベビー服を検索しまくったり、おしゃれなベビールームを検索しまくったり、私もまた赤ちゃん赤ちゃんワーイワーイ!となっていた。
ある日、一度ぐらいはベタに経験しておこう、ととある有名なマタニティ雑誌を買った。付録に肌着がついてくるというのも買うきっかけの一つだった。結果、そう大した情報はなかったのだが、肌着以外に付録として小さな冊子がついてきた。お母さんがおなかの赤ちゃんに読み聞かせてあげてください、という絵本だ。詳細な内容は忘れてしまったが、赤ちゃんがおなかに来てくれてうれしい、みんな赤ちゃんが生まれてくるのを楽しみに待っている、といった内容だった。私はそれを黙読しただけでなぜか涙がぶわっとあふれてきた。その瞬間自分でも「これはやばい」と思った。何がやばいのか?自分の頭が確実におかしくなっている、と思ったのだ。ベビー服やベビールームを検索するのは私のもともとの調べたがりの性分がさせることだ。もともと服もインテリアも好きだし、知らないことをネットや雑誌で調べるのが好きだからだ。だが今回のは違う。特に「みんなが」赤ちゃんを心待ちにしている、というフレーズがやばかった。「そうだよなあ、私や夫だけじゃなくて、私の親も夫の親もみーんな楽しみにしてるんだなあ」と思ったら急に泣けてきたのである。嬉しいというか、ただそれは「感動」としか言いようがなかった。妊娠するとこういうホルモンが出てくるのか…と思った。
夫もマタニティハイになっていた。
名前を考える時点でそれは垣間見えていた。私は「誰でも読めて、おじいさんの名前だとしても変じゃなくて、なおかつすっごく古臭くはないもの」をモットーに検討しており、夫と話し合って読み方は決まった。だがしかし漢字を決めるところで雲行きが怪しくなってきた。夫はやたら読めない漢字を推してくるのだ。「漢字がかっこいいのが良い」と言い、調べてみたら「へーこの字って○○とも読むんだー」程度の誰も読めない漢字ばかり推してくる。まさか夫がそんなに名前にこだわるとは思っていなかった。ちなみに名づけ問題はいまだに解決していない。
夫のマタニティハイを確信したのはある日、夫がスマホをいじっている時だった。何気なく見たその待ち受け画面が、赤ちゃんのエコー写真だったのである。私はギョッとした。だって、生身の赤ちゃんではなくて、エコー写真なのだ。白黒の、ぼやっとした。ぱっと見、台風のときの雨雲レーダーか何かのようだ。というか、なんか気持ち悪い。「なんでそれ待ち受けにしてるの?」と聞くと夫は「自分の子供だから」と答えた。突っ込まれて少し恥ずかしそうだった。
意外だった。私のゴリ押しで見切り発車で始まった感のある我が家の子作り計画だったが、夫は夫でそれなりに子供を持つ実感が湧いており、子供を授かったことを嬉しく思っているのかもしれない。夫は男であり、私のようにホルモンのせいで~、みたいなものはないはずなのだが、そういうもんなのかー、と思った。私はその時まで、子供が欲しいのは私だけで、夫はそれに付き合わされただけだと思っていた。浮かれた私が「赤ちゃん生まれたらどうやって可愛がるの~?」と質問すると夫はニコニコして赤ちゃんを抱っこするジェスチャーをしてくれたが、それはご機嫌な私に合わせてくれているのだと思っていた。夫のまわりの友人は子持ちが多く、「年齢的に子供がいてもおかしくないし、そろそろ腹くくるか」ぐらいの感じで合意したのだと思っていたのだが、そうでもないようだ。良かったなあと思った。
またこんなこともあった。ある晩、私が寝ている時に夫がベッドから起き上がった。私は完璧に目が覚めたわけではないが、目を閉じたまま頭が少し起きた状態だった。トイレか水を飲みに行くかしてベッドに戻ってきた夫は「う~ん、可愛いお腹~」と言いながら眠っている(と思われている)私のお腹をなでた。びっくりした。普段私のお腹を見て「○ヶ月にしては大きすぎない?腹筋ないんじゃない?」ぐらいのことしか言わないので、私のお腹をただ大きいとしか認識していないと思っていたが、可愛いと思っていたのか?私自身も私の丸く突き出たお腹を可愛いと思ったことはない。ただ腹だけ出ていて面白い体型だなあ、としか思わなかった。子供が入っているから可愛いのか、形状がまあるくて可愛いのか(だとしたら私が妊娠していなくてただ太っても可愛いお腹なのか?)、いまいちよくわからないがこの事件も私にとってはなかなか衝撃的だった。
そんなこんなで私、夫、私と夫の両親は常にお祭り状態で突き進むこととなる。

親への報告

妊娠10週目ごろ、そろそろ親に妊娠報告をしても良いのではないかという話になった。
私は自分の母にSMSで今妊娠していることと予定日を簡単に伝えた。すぐさま電話がかかってきた。母は大変興奮しており、喜んでいるようだった。何を話したか覚えていないが、なんやかやと色々聞かれたような気がする。体調はどうだ、とか。私は子作りを始めたことを一切伝えていなかったどころか、一生子供を持たない可能性があると宣言していたのでさぞかし驚いたようだった。電話を切った後も、大量のメッセージが矢継ぎ早に届いた。退院後一ヶ月は床上げしない方が良いから手伝いに行くか里帰り出産した方が良いとか、ずいぶん先の話をしていた。
夫の両親にも同様に夫からメールした。こちらもすぐさま義母から電話がかかってきて、私の母と同じように体調はどうだとかなんやかんや聞かれた。
テンションがすごい、と思った。当然だが、自分が友達の妊娠報告を受けた時とは全然違う。やはり自分の孫となると一大事なのだ。この「孫がやってくるぞワッショイワッショイ」感はずっと続くのだが、私は不思議に思った。「やっぱり子供を産んだことある人は子供好きなのかな?」と思った。その後どんなタイミングでかは忘れたが「そんなに孫ができるって大騒ぎするもん?」と母に聞いたことがある。母は「子供と違って孫は自分で育てる責任がないから単純にうれしい」と言っていた。私が聞きたいのはそういうことではなかった。なんでそんなに嬉しいのか?ということだ。自分の大事な(手前味噌だが)子供が子供を産むということが特別なのだろうか。どうしても「そんなに小さい子供が好きなのか?」というところから出ることができなかった。彼らの反応は私の想像の範疇を超えていた。
大体妊娠20週ぐらいの妊婦健診で、赤ちゃんの顔が写ったエコー写真をもらえるのだが、それを私と夫の両親に一応送った時も、やれ私に似てるだの夫に似てるだの大騒ぎだった。夫の父などは自分に似ていると言い出す始末だった。もちろんちっとも似ていない。というか、赤ちゃんのエコー写真なんて、ネットで検索すればいくらでも出てくるのだが全部同じ顔なのだ。正直誰にも似ていない。ただの赤ちゃんだ。

つわり地獄

私の場合、妊娠5週頃から早くもつわりが始まった。

5週といえば、まだ心拍確認すらできていない、妊娠検査薬で陽性を見てから10日ほどしか経っていない頃である。最初はうっすらと気持ちが悪い、ぐらいの感じで始まった。いわゆる食べづわりらしく、お腹が空くと気持ちが悪い。ドライフルーツやカットフルーツを食べたりりんごジュースを飲むと気分がすっきりした。

それが、旅行から帰ってきた直後、急激にひどくなった。朝から晩まで気持ち悪い。食べても食べなくても気持ち悪い。いわゆる吐きづわりだ。実際吐くことは全部で4回程度だったが、常に「うえっ」と上がってくるような感じがする。もう地獄だった。

つわりが一番ひどい時期に私が食べれたものはスーパーやコンビニで売ってるカットフルーツ(パイナップル、りんご、みかん、メロンなど。缶詰は缶切りで缶を開ける元気がないので×)、冷凍食品の焼きおにぎり、うどん、そば。以上。

夫の食事をどうしていたかは覚えていない。別に食事を作れなくて怒られたり文句を言われることもなかったし、ネットで見かける「僕のごはんは?」と聞かれることもなかった。適当に自分で作っていたように思う。その頃夫の仕事が忙しかったのか暇だったのかも知らない。私は私の心配をする余裕しかなかった。その当時のLINEを見返しても私が一方的に気持ち悪い気持ち悪い言っているだけで、夫の食事に関するメッセージは一切見つからなかった。その頃の私は週末もずっとベッドに寝たきりで、普段なら毎週どこかしらに遊びに行きたがったので、「こりゃほんとに具合が悪そうだ」と思ったのかもしれない。妊娠前に行こうかなと思っていたイベントも、毎回楽しみにしていたルミネの10%オフも、全部行く気になれなかった。

私のつわりレベルは初期(うっすら、食べづわり)→中期(MAX、吐きづわり)→後期(治りかけ、吐きづわりだが大丈夫な時間が増える)と移行したが、中期は大体3週間で、その間は起きた瞬間気持ち悪いし、なんとか化粧をして朝食を摂った後に吐いて泣きながら「やっぱり無理〜今日も休む〜」といった塩梅だった。毎朝起きては「今日はいけるかも」と思い、出かける直前に「やっぱりだめ」になった。会社を休んで家で横になりながら「明日こそは行かなきゃ」と思ってまた次の日やっぱりだめ。これは非常にきつかった。

結果的に3週間ほどぶっ通しで会社を休むことになった。こうなると職場に事情を話さないわけにはいかない。普通は妊娠10週ぐらいな職場に報告すると思うが、私は8週で報告することになった。直接迷惑をかけてしまう必要最低限の人にだけは、実は今妊娠中でつわりがひどく出社できないということを報告した。みんな優しく、今は大事な時期だから、自分の体調優先でとにかく無理はするな、仕事は何とかするから、と言ってくれた。迷惑をかけて申し訳なかったが、非常にありがたかった。

もう私は開き直って甘えさせてもらうことにした。家にいる間、何もすることがなかった。立っていても座っていても寝ていても気分が悪いからずっとベッドに横になっていた。朝起きると空腹で気分が悪いのでカットフルーツを食べる。会社に休暇の連絡をし、別に眠いわけでもないけど横になっているといつの間にか寝てしまう。昼過ぎに目が覚めて焼きおにぎりかうどんを食べる。またベッドに横になるとまたいつの間にか寝てしまう。夕方目が覚めてしばらくすると夫が帰宅する。また焼きおにぎりかうどんを食べてベッドに横になる。今度は日中寝すぎて眠れない。一晩中起きて明け方5時ぐらいにようやく寝付く。6時過ぎに一応会社に行くため目覚ましが鳴り、体調を見てやっぱり無理と判断して会社に休暇連絡を入れる。ひたすらこの繰り返しだった。しかもこの時期ちょうど台風がやたら来ており、大げさでなく毎日台風だった。窓の外を見ても毎日どんよりと曇っていて雨がざあざあと降っており、余計に陰鬱とした気分にさせられた。

ベッドに横になりながら、毎日トツキトオカという妊娠アプリを見て今日が何週何日かを確認し、まだまだ妊娠初期を抜けられないことにうんざりした。安定期と言われる妊娠20週でなんて一生来ないように思えた。「妊娠○週 つわり」とか「つわり いつ終わる」と何度も何度も検索した。しまいには「つわり 食べても食べなくても気持ち悪い」などと調べだす始末だった。もう何が目的なのかわけがわからない。ただ自分と同じような辛い経験をした人を見つけたかったのだと思う。

こんなに妊婦然とした症状が出ているのにまだ安心できないのも辛かった。妊娠週数別の流産の確率は8-12週で34-48%、13-16週で6-9%だという。早くゼロになってくれよ…と毎日思っていた。

体重は2キロ減った。朝昼晩と一応食べていて、一日中寝ているだけなのにこんなに減るものかと思った。

つわり期間中に不妊治療クリニックから産婦人科への転院もあった。まだ流産の確率も低くないのに不妊治療クリニックを卒業するのは少し不安だった。転院先は最寄り駅のすぐ近くにある産婦人科にした。家から近いというだけの理由で決めた。産婦人科への通院はしばらくは月一回の妊婦健診のみだ。これも不安だった。

こんなに辛かったにも関わらず、不思議と「やっぱり妊娠やめたい」とは思わなかった。つわりがあるということは赤ちゃんが元気な証拠、と信じて、早くつわりが終わってくれること、赤ちゃんが元気でいてくれることだけを願っていた。

つわりの終わりは少しずつやってきた。よく「霧が晴れるように急に終わった」という話も聞くが、私の場合は1日の中で「今日はましかも」な時間が少しずつ増えていった。朝は大丈夫でも夕方になると気持ち悪くなったり、会議中は大丈夫だったり、電車の中はダメだったりと1日の中でムラがあったが、食べられるものも徐々に増えていった。後期が約1ヶ月ほど続いた後、ベタに安定期と呼ばれる妊娠16週目、つわりは完全に終わった。何を食べてもおいしくて感動した。食べ物を食べておいしいと感じるのがこんなにも素晴らしいこととは思わなかった。タガがはずれた私はありとあらゆるものを食べまくり、どんどん太っていった。