読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

子供なんていらない

私たち夫婦は、結婚して5年目になる。

年数的にも、年齢的にも子供がいて全然おかしくない時期だ。

でも私たちはずっと子供を持つことを拒否してきた。つまり、ずっと避妊してきた。

理由はたくさんある。

まず単純に、子供が好きではない。ぶっちゃけ、嫌いだ。うるさいし、泣くし、わめくし、走り回るし、金切り声をあげるし、よだれまみれで汚い。

それに万が一子供を産んだとして、子供が不幸な目にあったらどうしよう。私の子供だ、きっと可愛くない。顔のせいでいじめられたり、ずっと彼氏・彼女ができなくて暗い青春時代を過ごしたり、ずっと独身だったら?イジメで不登校や引きこもりになったり、あるいはとんでもないいじめっ子になってよその子を怪我させたりでもしたら?私が謝りに行くのか?私がやったわけでもないのに?受験勉強も、大学受験に落ちて浪人したのも辛かった。二度と経験したくない。あんな経験させたくない。それにニートになったらどうしよう。私は一生働きづめで子供のために尽くし続けなければならないのか?障害を持っていたら?私は今まで電車の中で急に大声をあげたり走り出したり若い女の子に絡むような人を何度も見てきた。すごく怖かった。自分の子供がそんなふうに他人に迷惑をかけるのは嫌だ。それも私のせい?

それからお金がかかる。

食費とか服飾費の他にやれ学費だ、習い事だ、塾だ、子供1人育てるのに何千万だかかかるらしい。気が狂っている。その何千万かを自分のことに使えたらどれだけ楽しいか。海外旅行だって行き放題だし、都内の素敵なマンションにも住めるし、おいしいものもたくさん食べられる。

自分の時間だってなくなる。育児をしたり、子供が小さいうちは海外旅行だって行けないし、小学校のPTAだってやりたくない。今自由に買い物に行ったり美容院に行ったりしている時間が、全てではないものの、かなりなくなるらしい。そんなの耐えられない。

つまり、私にとって子供を持つことはリスクでしかなかった。その上リターンはあるんだかないんだかわからない。ハイリスク・アンノウンリターン、みたいな?そんなこと、誰だってやりたくないのは明らかだ。

私はまだ見たこともない自分の子供のことを思うといつも暗澹とした気持ちになった。

できれば、一生欲しくない。ずっと夫婦2人きりで素敵な生活を送ることが理想だった。

何年か前、会社の先輩のお宅にお呼ばれしたことがある。

その人は40代で子供はおらず、奥さんと2人暮らしだった。

家は都内の高級住宅街にあり、コンクリ打ちっ放しでインテリアもとっても素敵だった。私が覚えているのはルイスポールセンのph7だか5だか、とにかくすっごーく高ーいおしゃれな北欧の照明があったことだけだが、とにかく全てのものが高そうで、でもギラギラしてなくて上品だった。

奥さんもとっても素敵な人だった。顔は覚えてないが、派手でも地味でもない、すごく感じの良いきれいな人だった。

当時25ぐらいだった私は「これぞ私の目標とする人生!」と興奮しながら家に帰ったことを覚えている。

彼らが子供を望まなかったのか、欲しかったけど授からなかったのかは知らない。でも、その当時私が見たことのあるどんな夫婦より彼らはキラキラして見えた。

私も、夫婦2人きりで、誰にも邪魔されずに、ずっと自分たちの好きなことだけをして生きていきたい。だから、おそらく孫が欲しいと思っているであろう親にも「私は一生子供を持たないかもしれない」と宣言したこともある。親は「ふうん」という顔をしただけで深くは聞かなかったが、まともなオツムをした私の親はきっと子供の育て方を間違えたと思っただろう。

そんな感じで私は結婚してから5年間、好き放題やって暮らした。ずっと憧れていた都心の街に小さな1LDKを借りて平日は仕事をして遊ぶ金を稼ぎ、休日は昼まで寝て夫と買い物や映画デートをした。電動自転車を買って、東京の色んな街に自転車で遊びに行った。代官山、恵比寿、渋谷、天王洲、広尾、六本木、麻布、三軒茶屋、下北沢…。東京の路線図も大好きだった。JRだけじゃなくて東京メトロ都営線、バスだってそこらじゅうに走ってて、一時間に何本も来る。渋谷や二子玉川に電車だけでなくバスで行けるルートもあるなんて!

神奈川出身の私には、栄えた大きい駅が1つだけあるのではなくて、小さいおしゃれな街が点在する東京が新鮮で魅力的だった。

自分と同じように子供のいない女友達と遊ぶのも最高に楽しかった。居酒屋や友達の家でごはんを食べてお酒を飲み、その後は終電ギリギリまでカラオケで大騒ぎするのが定番だった。ザ・女子会といった感じだった。温泉に一泊旅行したこともある。彼女たちは同じ高校の同級生で、みんな大学や仕事はバラバラで、私は彼女たちを羨ましいと思うこともたくさんあったがマウンティング(という言葉がその当時できた。水面下で火花を散らし合うという意味のよくできた言葉だと思う)しあうこともなく、大好きな友達だ。

たまにはおしゃれなイタリアンやフレンチのディナーを楽しみ、夜遅くまでやっているカフェや本屋(ちょうどこの頃代官山に蔦屋書店ができた。都会に憧れる私にはかっこうの夜遊びスポットだった)へ行き、結婚記念日はおしゃれディナー、夏にはフェスや海外旅行に行き、クリスマスはベタにイルミネーションを見に行ったり、クリスマスプレゼントにお互い好きなものを買ってもらったり、いくら遊んでも遊び足りなかった。東京は毎年、いや毎月のように新しい遊びスポットができる。もうずーっとずーっとこんな生活が続けば良いのに、と思った。