だんだん楽しくなくなる生活

楽しい子なし東京ライフがなんだか楽しくなくなったのは急なことだった。
いや、ほんの少しずつその片鱗はあったのかもしれない。
女友達と話しているときに、「あれって去年だっけ?いや一昨年だ!やだ1年早い!」「私ここ3年ぐらいなーんにも変わってない気がするー」みたいな話が時折出ることがあった。でもそれは深刻なものではなく、ただ軽い自虐のようなものだった。たまにそれに、「○○ちゃんのとこの子供、もう3歳だって!こないだ見たらすっごい大きいの!だって3年前は赤ちゃんだったんだよ?倍以上でかくなっててさ、子供の成長ハンパねーーー」が付け足されるぐらいで、私達は変化のない数年間をただ変化がないと捉えていた。真剣に「どげんかせんといかん」とは思わなかった。
きっかけは急に、一度にたくさん、やってきた。
まずプライベートのこと。
その頃、女友達の中に、少しずつではあるが子供を持つ子が増えてきた。
子供嫌いとはいえ、友達が子供を持つのはとっても嬉しいことだった。出産祝いを割り勘で買い、赤ちゃんを見に行く。友達に似てるとかやれ旦那さんに似てるとかひとしきり言い合い、その後はいつもどおりの楽しいおしゃべり。出産や子育てについて、自分の知らないことをいろいろ聞くのも面白かった。私の友達はみんな面白い人たちなので、出産体験談や産後の旦那さんとの喧嘩の話も面白い。赤ちゃんがなかなか出てこなくてウンチングスタイルで出したとか、子供の面倒を見てくれない旦那さんにキレて家の壁を蹴ったら穴が開いた話とか、大爆笑だった。
でも、友達が子持ちになると、だんだんと遊びに誘いづらくなってきた。きっと、友達も旦那さんと子供と家族水入らずで過ごしたいだろう。きっと、ディズニーランドとか、なんか知らないけどボールでできたプールのある子供用のレジャー施設とかいろいろ行きたいだろう。遊ぶときも、夜居酒屋ではなくて昼カフェや友達の家。もちろん子供同伴。もちろん大好きな友達だから楽しいけど、お酒も飲めないし、カラオケでバカ騒ぎもできない。
そうなると、遊び仲間は夫のみになる。夫のことは大好きだ。でも毎週末、いつも同じメンバー。そうそう毎週新しいイベントがあるわけでもなく、だんだんとデートがマンネリ化してくる。
フェスも、毎年だいたい同じバンドが出る。というか、どういうわけだか、30を過ぎて、それまでほど音楽に興味がなくなってきたのだ。新しいバンドを聞いても、昔ほど頻繁に感動しない。
海外旅行は、楽しい。まだまだ行ったことのない、行ってみたい国もたくさんある。でも、海外旅行に行けるのは多くて一年に一回だ。つまり、一年365日のうち最高に楽しいのが7日間として、その他の358日は、そのたった7日間を楽しみにして過ごすことになる。長すぎる。
そう思うと、楽しく思えた生活が急に色あせてつまらなく思えてきた。夫と2人でお好み焼きを食べに行っても、よそのにぎやかな家族が気になる。子供がはしゃぎ、親が笑う。それに対して私達2人の大人は大爆笑することもなく、かといってお葬式のような雰囲気というわけでもなく、普通のテンションで会話と食事を楽しんでいる。動物園も、水族館も、ショッピングモールも、家族連れが主役で、30代のカップルは場違いのような気がしてくる。かといって私達は20代のカップルでもないわけで、始まりたての恋愛を楽しんでいるわけでもない。良くも悪くも平熱なのだ。
新しい趣味を始めようにも、いまいちハマりきれない。区民センターでたまにヨガに参加することにしたが、どハマリするわけでもなく、出かけるのが面倒でサボることも多かった。
もしかしたら、このまま何年もしたら、40歳や50歳になったら、あんなに楽しかった、ずーっと続いてほしいと思った2人きりの生活が、ちっともつまらなくなるのではないのか?だんだんとそう思うようになってきた。それは辛すぎる。だってまだ30代だ。残りの人生長すぎる。
夫と2人きりの生活は楽だ。家事の分担がうまくいかずイライラすることもあるが、基本的には2人とも大人であり、自分のことは自分でできる。私がいないからといって死ぬことはない。実際私が海外出張中にも夫は洗濯や掃除、自炊をしており問題なく生活しているようだった。でも、手がかからないことが、少しつまらなくなってきた。
こういうとき、ペットを飼うというのが定番の解決法なのだろう。私も夫も実家で猫を飼っていたこともあり、猫を飼いたい。だが、私達の住んでいるマンションではペットは飼えない。ペット可のマンションは高すぎて私達の収入では無理だ。それに私達は共働きだから留守中にペットを一人ぼっちにさせるのはかわいそうだ。それに旅行中にペットホテルかどこかに預けるのもかわいそうだ。すぐには解決できる問題ではない。
昔、「幸せの素」という番組でマツコデラックスが「自分のことだけを考えて生きて行くには限界がある。だから神様は結婚という仕組みを作ったのではないか」というようなことを言っていた。まあ実際は神様が作ったわけでもないし、そういう理由で結婚制度ができたわけではないのはわかっているのだが、それを見た当時独身の私はとても衝撃を受けた。当時私は今の夫と付き合っている状態だったが、「何?結婚しないとそんなことになるの!?」と衝撃とともに不安をおぼえた。その頃は仕事も遊びも自分のことでいっぱいいっぱいで、限界が来るなんで想像だにしなかった。その頃結婚願望は全然なかったが、こりゃ大変だ、結婚はしといた方が良かろう、と思った。(その後しばらくして私は今の夫にプロポーズされ、結婚することになる。)
今、同じようなことが起こっている、と思った。今回は結婚ではなくて出産・育児だが。手のかからない自分と夫のことだけを考えたり世話したりして生きていくことに限界が見えてきたのだ。言うなれば、生き甲斐がない、といったところだろうか。極端に言えば、なんかもう、死んでもいいかも、と思った。子供がいないうちしかできない遊びも十分やりきったし、もう、やることないかも、と。
そして仕事のこと。
私はその頃、あまり仕事が楽しくなかった。私が当時やっていたのは海外出張を含む仕事で、始めたばかりの頃は初めての海外出張に大興奮で、ガイドブックを買って毎朝モーニングを食べに出かけたり、免税店で化粧品を買ったり、すごく楽しかった。でも何回も行くうちに、海外出張がある週は丸一週間つぶれてしまい週末遊べないこと、慣れないホテル暮らし、毎日仕事仲間とともに行動することなどがストレスになってきた。もう十分いろんな国や都市に行かせてもらったし、もういい、もう行きたくない、と思った。
海外出張以外の仕事はその頃既に3年目にさしかかっていたが、どうにもこうにもスキルが伸びず(まあもちろんそれは自分のせいなのだが)、また領域的にもちっとも興味がなかった。興味がないからスキルも伸びないという悪循環だった。
もういやだ、逃げたい。仕事やめたい。スキルがないから転職もできない。
また私はその前の年に、主任に昇格していた。主任の次は係長だが、係長になれるのは大体40歳前後で、当時の私にはまだまだ先のことのように思えた。あまりに先のことすぎて、それに向かって何かをしようという気になれなかった。
そんなときに、子供を持てば、私が今抱えている問題は解決されるかもしれない、と思った。
プライベートな問題は、夫と2人で子供を育てることで、人生がもっと豊かに、人生の生き甲斐ができるかもしれない。
仕事の問題は、子供を持つことは直接の解決策にはならないけど、産休・育休を取れるから当面は仕事から逃げられる。職場復帰後はしばらく海外出張ができないし、今あるプロジェクトが永遠に存続するとも限らないから、きっと仕事内容も変わるだろう。
それに私も30代だし、そろそろ子どもを産めるリミットも迫ってくる。
親だって、どうやら孫が欲しそうだ。
最低の考え方だが、それまでずっとそれなりに楽しい人生を送ってきたのに、急に暗雲がたちこめてきた私にとってはそれが最善の策のように見えた。
うるさいとか金がかかるとか、今まで子供を持つことを拒否してきたありとあらゆる理由も、こんな私の問題が原因で、すべて覆されることになった。

もちろん、いざ育児を始めてみたら「きつい、辛い、こんなはずじゃなかった、やっぱり育児向いてない、自分の時間欲しい、仕事したい」と言い出す可能性はあった。というか、自分の性格上多分そうなる。それでも、その可能性を考慮してもなお、子供が欲しいという決心は揺らがなかった。そのぐらい、当時の私は行き詰まっていたのだ。