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マタニティハイ

親と同様に、私自身もまだ見ぬ赤ちゃんに浮かれていた。
ネットでベビー服を検索しまくったり、おしゃれなベビールームを検索しまくったり、私もまた赤ちゃん赤ちゃんワーイワーイ!となっていた。
ある日、一度ぐらいはベタに経験しておこう、ととある有名なマタニティ雑誌を買った。付録に肌着がついてくるというのも買うきっかけの一つだった。結果、そう大した情報はなかったのだが、肌着以外に付録として小さな冊子がついてきた。お母さんがおなかの赤ちゃんに読み聞かせてあげてください、という絵本だ。詳細な内容は忘れてしまったが、赤ちゃんがおなかに来てくれてうれしい、みんな赤ちゃんが生まれてくるのを楽しみに待っている、といった内容だった。私はそれを黙読しただけでなぜか涙がぶわっとあふれてきた。その瞬間自分でも「これはやばい」と思った。何がやばいのか?自分の頭が確実におかしくなっている、と思ったのだ。ベビー服やベビールームを検索するのは私のもともとの調べたがりの性分がさせることだ。もともと服もインテリアも好きだし、知らないことをネットや雑誌で調べるのが好きだからだ。だが今回のは違う。特に「みんなが」赤ちゃんを心待ちにしている、というフレーズがやばかった。「そうだよなあ、私や夫だけじゃなくて、私の親も夫の親もみーんな楽しみにしてるんだなあ」と思ったら急に泣けてきたのである。嬉しいというか、ただそれは「感動」としか言いようがなかった。妊娠するとこういうホルモンが出てくるのか…と思った。
夫もマタニティハイになっていた。
名前を考える時点でそれは垣間見えていた。私は「誰でも読めて、おじいさんの名前だとしても変じゃなくて、なおかつすっごく古臭くはないもの」をモットーに検討しており、夫と話し合って読み方は決まった。だがしかし漢字を決めるところで雲行きが怪しくなってきた。夫はやたら読めない漢字を推してくるのだ。「漢字がかっこいいのが良い」と言い、調べてみたら「へーこの字って○○とも読むんだー」程度の誰も読めない漢字ばかり推してくる。まさか夫がそんなに名前にこだわるとは思っていなかった。ちなみに名づけ問題はいまだに解決していない。
夫のマタニティハイを確信したのはある日、夫がスマホをいじっている時だった。何気なく見たその待ち受け画面が、赤ちゃんのエコー写真だったのである。私はギョッとした。だって、生身の赤ちゃんではなくて、エコー写真なのだ。白黒の、ぼやっとした。ぱっと見、台風のときの雨雲レーダーか何かのようだ。というか、なんか気持ち悪い。「なんでそれ待ち受けにしてるの?」と聞くと夫は「自分の子供だから」と答えた。突っ込まれて少し恥ずかしそうだった。
意外だった。私のゴリ押しで見切り発車で始まった感のある我が家の子作り計画だったが、夫は夫でそれなりに子供を持つ実感が湧いており、子供を授かったことを嬉しく思っているのかもしれない。夫は男であり、私のようにホルモンのせいで~、みたいなものはないはずなのだが、そういうもんなのかー、と思った。私はその時まで、子供が欲しいのは私だけで、夫はそれに付き合わされただけだと思っていた。浮かれた私が「赤ちゃん生まれたらどうやって可愛がるの~?」と質問すると夫はニコニコして赤ちゃんを抱っこするジェスチャーをしてくれたが、それはご機嫌な私に合わせてくれているのだと思っていた。夫のまわりの友人は子持ちが多く、「年齢的に子供がいてもおかしくないし、そろそろ腹くくるか」ぐらいの感じで合意したのだと思っていたのだが、そうでもないようだ。良かったなあと思った。
またこんなこともあった。ある晩、私が寝ている時に夫がベッドから起き上がった。私は完璧に目が覚めたわけではないが、目を閉じたまま頭が少し起きた状態だった。トイレか水を飲みに行くかしてベッドに戻ってきた夫は「う~ん、可愛いお腹~」と言いながら眠っている(と思われている)私のお腹をなでた。びっくりした。普段私のお腹を見て「○ヶ月にしては大きすぎない?腹筋ないんじゃない?」ぐらいのことしか言わないので、私のお腹をただ大きいとしか認識していないと思っていたが、可愛いと思っていたのか?私自身も私の丸く突き出たお腹を可愛いと思ったことはない。ただ腹だけ出ていて面白い体型だなあ、としか思わなかった。子供が入っているから可愛いのか、形状がまあるくて可愛いのか(だとしたら私が妊娠していなくてただ太っても可愛いお腹なのか?)、いまいちよくわからないがこの事件も私にとってはなかなか衝撃的だった。
そんなこんなで私、夫、私と夫の両親は常にお祭り状態で突き進むこととなる。