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産休初日

桜が満開のある日、とうとう産休に入った。

年度末のバタバタした中、たくさんの残課題を後輩に引き継いで。最終日まで残務処理に追われる中で関係各所に挨拶のメールを書き、家に帰ってからも「あれ、ああした方が良いかもって教えとけば良かった…」等と後ろ髪を引かれる思いをしながら。

産休初日、これといって何も予定がないので桜を見に近所の大きな公園に行くことにした。

ベンチに座ってイヤホンでオザケンを聞きながらぼんやりと桜を眺めていると、「ああ、本当に休みに入ったんだなあ」という実感が湧いてきた。あと2年弱、こんなのんびりした日々が続くのだ。

そういえば別れの季節、旅立ちの季節だった。もしかしたら昨日軽い気持ちで挨拶した人たちの中には、もう一生会うことのない人もいたのかもしれない。

入社してから10年と少し、こんなに休むのは初めてだ。思えばいつも、何かしらに追われて毎日を過ごしていたような気がする。毎日朝早くに起き、化粧をして電車に乗り、電車の中で1日の予定や昨日やり残したことをざっと考え、会社ではチームメンバーや関係部署の人たちと連絡を取りながらタスクをこなしていく。休日には遊びや外食の予定を詰め込む。

復帰の予定があるとはいえ、急に風船の糸を切られたような気分だった。開放感と不安。きっと、間違いなく、私は育児に辛くなり、これなら一日中仕事してたほうがマシだった、と文句を言う日が来るだろう。毎日がつまらない、辛い、退屈だ、仕事したい、誰かとちゃんとした会話がしたいと。そんなことはいくつものネットの記事を読んでわかりきっていた。それでも、私は子供を産み育てる道を選んだのだ。絶対に、今子供を産まないと後悔する。現に、子供のいない毎日に嫌気がさしていたのだ。何回も何回も考えた結果出した結論だ。後悔はないよね、と何度も頭の中で反芻した。

まだ肌寒いながらも日差しがポカポカと暖かい日だった。時折ベビーカーを押したお母さんや犬を散歩した女性、大きなカメラを持った老人がやって来た。

よく晴れた青空、満開の桜、行き交う人々、イヤホンから流れるオザケン、時折お腹の中でピクッピクッとしゃっくりしたりグルングルン回る赤ちゃん。なんかもう神様が用意した完璧なシチュエーションなんじゃないかという気がした。これらのものに囲まれてぼーっとしていると、自分が完璧な人生を選んだような不思議な感覚になった。一生の中で今が一番幸せ、人生とはなんて素晴らしいのだろうという気分になってきた。わけもなく泣きそうになって、「いよいよマタニティハイがやばいことになってきたなあ」と、なんとか平静を保とうとしながら思った。