出産してすぐの頃

あたたかいある日、私は子供を産んだ。

出産は壮絶だったがそれはさておき、私が一番驚いたのは夫の変わり様だった。さほど子供好きそうでない、むしろ子供嫌いだと思っていた夫がものすごく子供を可愛がっていたのだ。

何度も子供の顔を見ては可愛いとかどのパーツが自分に似ているとか言い(一応言っておくと新生児なので顔に特徴はなく、もちろん誰にも似ていない)、オムツ替えや抱っこを率先して行い(私がまだ動けないからというのもあるが)、似たような写真を何枚も撮っては家族用の写真共有アプリにアップロードし、面会終了時間になると「帰りたくな〜い」と言いながら名残惜しそうに病室を去って行った。また、ある時ふと目に入った夫の携帯の待ち受けは子供の写真だった。私がそれまで、あるいは今もなお、最もバカにしていた(している)類の人種、つまり、子供しか話題がないようなつまらない人間、に夫はなってしまったのだった。なぜだ?私はまだ自分のおなかの中でどんどん子供が大きくなっていったり動いたり自分のおなかから出したりして自分の子供という実感があるが、もしかしたら夫の子じゃないかもしれないじゃないか。ホルモンが出ているわけでもないくせにどうした?一体いつそのスイッチが入った?

子供に無関心な夫に比べたら非常に喜ばしいことなのだが、なんだか面食らってしまった。私だけが子供を持つことを拒否し続けてきたのだろうか?

そして私自身はといえば、何だか得体の知れないプレッシャーや不安を感じていた。

一つ目は、「もうのっぴきならない所まで来てしまった、私はこの子が一人前になるまで責任を持って育児を全うできるだろうか?」ということ。自分自身ですら自分の人生に苦労しているのに、自分の人生に100%満足しているわけではないのに、この子に幸せな人生を歩ませることはできるのだろうか?という自信のなさ。

二つ目は、夫が子供優先になってしまうことで、それまでの彼にとってのナンバーワンの座を奪われる恐怖。夫が妻に対してそういった感情を抱くケースはよく聞くが、逆はあまり聞かない。「旦那 イクメン 寂しい」等と検索しても自分と同じケースにヒットしないことがなおさら不安を煽った。多分予想に反して夫の子煩悩っぷりを見てしまったことによる戸惑いからなのだろう。妊娠以前のように、男女の関係にはもう戻れず、「パパママ」の関係になってしまうのだろうか?そしてまた、自分自身がまだ「ママ」になりきれず、出産後もいまだに夫と男女の関係でいたいと思い続けていることにも不安を感じた。やっぱり自分には育児は向いていなかったのだろうか?たしかに子供は可愛い。小さくてフニャフニャしてて、泣いてもちっともうるさいと思わない。でも、よく見かけるような「かけがえのない愛おしい存在」とかいうほど大袈裟な感動はなかったのだった。出産直前まで陣痛にビビり「やっぱやめたい」とまで思った。産まれたての子供の顔を見ても、「土偶に似てるなあ…」とどこか冷めたような感覚だった。可愛いとは思うが、どこか入り込めない自分と、どっぷり入り込んでいる夫とのギャップに悩んでいた。