母親力

私の子供がまだ喋れなくて、何かあれば泣くしかできなかった頃、私は我が子が泣いている理由が全くわからなかった。泣き声でオムツが濡れていて気持ち悪いとかお腹が空いているとかわかるという友人もいたが、私にはサッパリだった。幸い、私はジーナ的なスケジュールに則って育児をしていたこと、首すわり以降は抱き上げれば泣き止んでいたため特に困っていなかったが。ある日、私の母がうちに来ていた時、いつも通り授乳の時間でも昼寝の時間でもないのに子供が泣いていることがあった。母に「なんで泣いているの?」と聞かれたので私はわからないと答えた。すると母は「お母さんなのに?」と言った。特に深い意味はない、あるいは、ずっと一緒にいるんだからわかるんじゃないの?と単純に思ったのだろうが、私はひどく不快に感じた。私は毎日子供と暮らしているが、泣き声で欲求がわかるという特殊技能は身につかなかった。それを、母親失格と咎められているように感じたのだ。もしこれが、夫だったら何も言われなかっただろう。なんなら、「泣いちゃったー、どうすればいいのー?」と妻に丸投げしてもおかしくないのではないだろうか?それは単に日頃一緒にいないからという理由だけでなく、「男だから」「父親だから」できなくて当然、と免除になっているのではないだろうか?父親も育児に積極的に参加すべきという風潮はだいぶ普及したものの、男だから上手くできなくて当然、という意識はまだ残っているのではないだろうか。

家族だけでなく赤の他人からも似たようなことをよく言われる。例えば、「やっぱりママが一番なのね」など。その時も無性に不快な気分になる。その不快さの正体は窮屈さや、「この仕事(この場合は育児)はこの人(この場合は母親)にしかできない」状況を作り出しかねない危険性なのだと思う。

最近、POLAのCMが話題になっていたが、「誰かの"そうあるべき"が重なって、いつのまにか私が私の鎖になりそうになる」「縛るな。縛られるな」というキャッチコピーは、多くの女性と同じく私の心にも響いた。「お母さんなんだから、赤ちゃんがなんで泣いているかわかって当然」という鎖に縛られていたのだ。そして、縛っているのは男ではなく、女、それもかつて赤ちゃんを育てていた母親なのだ。母が私の泣き声だけで何を訴えているかわかったかはわからない。本人もきっと覚えていないはずだ。(というか、たとえかつて私の母にその能力が備わっていたとしても、だからといって全ての母親にできて当然という考え方は傲慢だ。)「私にできたんだからあなたもできて当然」という経験に基づいた発言ではなく「母親なんだからできて当然」という鎖で、きっとかつての母親も縛られていて、今また娘を同じように縛ろうとしてくる。無意識のうちに。そして、このCMについての記事をどこかで読んだのだが、そこには、鎖に縛られているのは女性だけではなく男性もだと書かれていた。2016年度の男性の育児休業取得率は3.16%だそうで、私の夫も育休という形で休暇は取得しなかった。出産当日に普通に有休を取っただけだ。自分のまわりでも育休を取得した男性はいなかった。そのかわりに、奥さんが出産後しばらくフレックス制度をフル活用した同僚はいたが、それを、男のくせに、とか、奥さんの尻に敷かれて、影で咎めていたのは男性社員だった。彼らは年配の子持ちの男性で、つまりは自分自身の妻も出産育児経験があるのだ。きっと彼らの奥さんも、夫が育休を取ってくれたら嬉しかっただろう。彼らも自分自身を男が育休なんて取るものではない、という鎖で縛り、他の男をも鎖で縛るのだ。

以前、それと似たような話を夫としていたことがあって、女は子供産んだら仕事続けるか辞めるか選択肢があるけど、男にはないよね、という話から、「もし専業主婦になっていいってら言われたら、なりたい?」と聞いたことがある。その時夫は、「専業主婦は嫌だけど、例えば週3日勤務みたいな勤務形態が取れれば良いと思う」と答えた。私はハッとした。今まで、専業主婦かフルタイム勤務か二択しか考えたことがなかったが、そういうやり方もあるよなあと。果たして実現可能なのか?とも思ったが、通常のフルタイム勤務形態でも、インフルエンザで1週間休むこともあれば出張で1週間不在のこともあるし、3日間研修で不在ということもある。不在が前もって決まっていても突発的でも、意外と業務は回るのだ。それなら私も産休が明けたら週2日勤務とかできるかもなあ、良いなあと思った。女性は出産するから、という理由で面接で落とされることはまだあると思うが、男性の育休取得や週何日か勤務を義務付ければ、一生子供を持たない人しか採用できなくなってしまうから、女性だからという理由での不採用はなくなるはずだ。女性の社会進出とか働き方改革とか上っ面だけの改革が行われているが、根底の意識改革が重要なのだろうと思う。