手を抜くということ

私は昔から、何でもかんでも手抜きをしがちだ。親からも、「あんたはいつも楽な方の道を選ぶ」と言われてきた。何をやるにも手抜きばっかりで、適当で、雑で、その癖がずっと直らない。仕事も、丁寧にやろうと心がけても、いつのまにか手抜きというか、「ま、こんなもんでいっか」レベルのものを最初は目指す感じというか。というかむしろ、仕事の場合、最初から完璧を目指すよりは、最初はざっくり、後々仕上げていく、というスタイルの方が上手くいく気がする。

育児にしても、区の検診で離乳食の説明を聞いただけで、ああこりゃ無理だ、と思い、最初から適当にやった。お粥のグラムも測ったこともないし、おやきなんて作ったこともない。何の自慢にもならないが、昔から手抜きだけは得意だったので、育児に関しても、第一子とは思えないほど適当だったと思う。

仕事でも育児でも、手を抜くには勘所というものが必要だと思う。ある程度場数を踏むと、ここを押さえておけばいいな、とか、ここは適当にやっても大丈夫だな、とかがわかってくる。私は、場数を踏んでるのに手抜きの仕方がわからない奴はバカだなあとずっと思ってきたのだけど、そうじゃないのかも、と思うようになった。手抜きに一番必要なことは、手を抜きたい!楽したい!という強い思いだ。こんなこと胸を張って言うようなことじゃないのだけど、楽したいと考えている人間は、いかに手を抜いて成果を出すかを無意識に考えていると思う。楽をするための努力を惜しまないと言っても過言ではない。

たまに手抜きの仕方がわからないと言う人がいて、自分としては信じられないのだけど、そういう人は、そもそも手抜きしたい、楽したいという気持ちがないのだろうなー、頑張ることが苦にならないのだろうなー、と思う。

たまにネットの記事で、育児は手抜きも大事、なんて書かれていると、手抜きばっかりの自分の性格が良い方に転ぶこともあるもんだなあ、と思う。